2009 年 7 月 9 日

ブログ移転のお知らせ

カテゴリー: 日記 — shamdiary @ 1:32 AM

このたび独自ドメイン取得に伴い、ブログを移転することにしました。

http://www.musicus.jp/blog/

今後ともよろしくお願いします。

2009 年 3 月 29 日

箱とロボットと竜巻とミイラとか

カテゴリー: 日記 — shamdiary @ 11:48 PM

2009年3月28日~29日にかけて、六本木一帯で六本木アートナイトというイベントがあった。家が近いので、のぞきに行った。

まず、自宅からミッドタウンへ。ミッドタウンの手前には、いくつかのボックスが設置され、中にアート作品が展示されていた。近くでパンフレットのようなものを配っていたので、貰う。どうやら、六本木一帯の複数箇所に、同じようなボックスが設置されていて、全部を見て、クイズに答えることで景品がもらえるという、参加型のイベントに用いられているらしい。

とりあえず、あまり考えずに見て回りたかったので、問題は意識せず、作品を鑑賞。絵画ではフォービズム、キュビズムあたりの絵画が好きですが、デュシャンなども好き(というか、いいと思う)ので、現代アートには抵抗がない。十分楽しめそうな予感♪

さて、ミッドタウンの次は新国立美術館前へ移動。時刻は5時半過ぎだったと思います。なんかいつもと様子が違う!!普段ならもう閉館時刻だよ!?まぁ、お祭りみたいなもんだから、今日は長めにやってるのかも・・・そう思って、ここでも設置されてるボックスの中身を鑑賞。美術館の中はとりあえず入らず、通過。途中で白い風船を持った集団に出くわず。なんじゃこいつら!?

さて、新国美から六本木ヒルズへ。六本木ヒルズのクモがいる広場は、いつも以上に人がすごかった・・・ほんと、みんなお祭り好きだなぁと思いながら、ここでも設置されてるボックスと、あと他の作品群も鑑賞。その後、けやき坂の方へ…そして、けやき坂まで下りようと思った時に、大きなロボットを発見。ああ、こいつはホームページで見たことある!!トラやんっていうのか、でけぇな…と思う。

ロボットの下では、ホルンやら、クラリネットやらスネアやらを持ったお兄ちゃん、お姉ちゃん達がパフォーマンスを繰り広げていた。チャンチキトルネエドというらしい。素晴らしいパフォーマー達であった。見てる人から、自然に拍手が溢れるような、そんな場面を久々に見た。これも、音楽の素晴らしさというものだろう。

そんなトルネエドを過ぎた後、とりあえずおなかがすいたので、麻布十番のウェンディーズに帰還(しょっちゅうここで飯を食うため、ホームグラウンド的な存在なのです)

そこで、ミッドタウンでもらったパンフレットを隅々まで読んでみる。白い風船は、1000人が参加するような、ビックイベントのものらしい。1000人が光る風船を持って、六本木を歩き、最終的にその風船群はアート作品となるのである。参加したかったと悔やまれた…

また、新国美が22時まで開館していることが分かった。時刻は19時半。よっしゃ、とりあえず目黒前から欲しかったコルクボード買って、それから新国美行こう。そう思い即実行。

新国美では、ルーブルの展示と、アーティストファイル2009という企画展がやっていたので、どちらもじっくり鑑賞。ルーブルの方は、リアルミイラが展示。たぶん、初ミイラな気がする…自然と鳥肌が立った。恐ろしいとか、気持ち悪いとかではなくて、はるか昔から、存在しているものを見た率直な感想が、鳥肌となって表れたという感じだった。

いろいろ見て、いろいろ刺激をもらった一日。六本木すごいなと感じた一日だった。

2009 年 3 月 2 日

家にやってきたリベラリストとリアリスト

カテゴリー: 日記 — shamdiary @ 1:51 AM

2月28日の夜。独り暮らしのマンションに高校時代の友人5人がやってきた。

昼過ぎに今日の飲み会が自分のマンションで開くことになったと連絡がきた。

「そんなバカな!?」

正直そう思った。友人5人はお台場ジョイポリスで遊んでいるらしく、テンションがおかしいのか・・・が、まぁいいだろう。とりあえず大人な対応をしてみる…

「笑 何人来るの?」と返信。これが私の大人な対応の精一杯なところだ。

そんな調子で不可避の決定事項となり、友人たちは夜6時過ぎに麻布十番駅に着いた。酒は友人たちが買ってくれていたので、我がマンションに向かう途中にあるドミノピザによって、狭い拙宅に押し込んだ。

騒ぐは酒こぼすわ寝るわで、なかなか手ごわい客人である。全員がそろったのが7時過ぎくらいで、気づけば11時半になっていた。。時間を忘れてたくらいだから、私も楽しんでいたということなのだろう。

日本の3大商社の一つに内定が決まっているK大法学部の男性と、出版業界を目指すW大法学部の女性の討論は、アカデミックな世界から遠のいていた私の脳ミソを大いに刺激した。男性がリアリストで、女性がリベラリスト。テーマは「国際支援の在り方について」を中心とした、非常に高尚な話であった。W大は「メディアと教育で人々を変えていかないといけない!!」と主張し、K大が「それはナチスだよ」と批判する。

私はといえば、「お前ら、どうでもいいが、声がでかい!!」と私は心の中で精いっぱい叫ぶくらいしか出来ない。

そんな彼らは、私のかけがいのない友人たちである。彼らがいるから、私は無茶が出来るし、人としての道を外れずに済んでいる。たとえ「やっぱり自尊心が高いね」と言われたり「一回ぽっきり折れてしまえばいいのに」とか言われても…だ。

うちに来たメンバーは、来月には全員が社会人になっている。私は一年間、地に足がついてない状態で社会人生活を送っていた間、彼らはピースボートに乗って世界中を旅したり(W大女)、ヨーロッパに一人旅に行ったり(K大男)私には出来ない貴重な体験をしている。

世界観が違うからこそ、これからも一緒に歩んでいきたい友だと思える。彼らを生涯の友だと思いたいし、彼らの生涯の友でありたいと思い、その為の努力もしていこう・・・そんなことを考えた、素敵な一夜であった。

2009 年 3 月 1 日

LOUVRE

カテゴリー: 日記 — shamdiary @ 5:29 PM

ルーブル美術館展―17世紀ヨーロッパ絵画―@国立西洋美術館(上野)

2009年2月28日~6月14日

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月一回の美術館めぐりの2月は、ルーブル美術館展@上野 国立西洋美術館

初日だったので人混みが・・・学生の頃みたく、平日の昼間にゆっくり回れたら、幸せだったろう。。と思いつつ、短時間で回る。

どこかで見たことのある(見たような気がする)絵もあったけれど、全般初見。いいなと思える絵はいくつもあったのですが、最後の方に展示されてたミシェル・コルネイユ(子)の『天国の栄光』(ピエール・ミニャールの原作に基づく)に、感想は全て飲みこまれてしまった気がします。。

そうはいっても、時間がたってみると、やはり印象深い絵は思い出す事が出来て、フェルメールの『レースを編む女』は、その大きさ(小ささ・・・かな)では考えられない存在感がありました。照明の仕方など、たしかに誇張されている部分はあったかと思いますが、とにかく鮮やか。またどこかで逢いたい絵画の一つとなりました。あとはマルガリータ王女。2008年の夏にもベラスケスの同テーマの絵を見ているので、なんだか懐かしい。「またあったね!!」みたく思えた。そういう絵画が増えていくのは、この上もなく幸せなことだろう。

この日であった絵画たちに、しばらくのさようなら。いい刺激をありがとう。

2009 年 1 月 25 日

第3回定期演奏会@金沢区民フィルハーモニーオーケストラ

カテゴリー: 日記 — shamdiary @ 10:11 PM

2009年1月25日、昨年末のクリスマスからちょうど一月の今日は、金沢区民オケの定演を聴きに行った。

会場は、横須賀中央駅から徒歩で10分程度の横須賀市文化会館。

まず駅について、大学の先輩とばったり、それもトイレの中であってしまった…なんというか、気まづい感じw

Y先輩は彼女(大学の後輩)連れらしいので、少し会話をして別れた。彼女さんだけとだったら話も出来るのだけど、Y先輩との会話はちぐはぐになりがちだから怖いから逃げた…というのが正しい。その後、駅の出口を間違え、あらぬ方向へ突き進んだ私は、10分強も真逆の道を歩くことになる。途中で、どう考えてもおかしい気がして、駅に引き返し、開演5分前になんとか会場入りをした。間違えて進んだ道は、なんとなく懐かしい道(高校時代の部活の、泊まりがけの行事の帰りに同学年と立ち寄ったことがあった気がする)だから、歩いていて楽しかったのだが。。さすがにギリギリになったので、焦ってしまった。

曲目は

リスト       交響詩「前奏曲」

サン=サーンス 交響詩「死の舞踏」

ベートーヴェン 交響曲第3番変ホ長調 作品55「英雄」

である。英雄は、私も演奏したことがあるが、前2曲は実はあまり知らないので、楽しみにしていた。

この演奏会で一番よかったのはサン=サーンス!!コンマスの変則チューニングとソロ弾きが面白い曲だった。不協和音や薄気味の悪い重低音が響く中、踊り出す骸骨たち…そんなイメージの曲でありながら、コンマスのソロの中には、楽しかった過去を思い出している時のような、温かく切ないメロディーが織り交ぜられている気がした。この曲弾いてみたいと思える曲だ。

英雄は1楽章がちょっと重い気がしたけれど、2楽章の葬送行進曲はそのペースから、さらに重々しく棺を担ぎ一歩一歩を進んでいる様がイメージできた。4楽章は、とにかく弦楽器は右手が疲れ果て、管楽器は息も絶え絶えになるような、そんな曲だと思っていたが、いい意味で余裕がありそうで、好印象。ただ、バイオリンはベートーヴェンで手首の刻みをしちゃいけないよなぁ。。と偉そうに思ったり。。

 

高校、大学と同じ学校に通ったファゴットの後輩と、高校の時同じパートだったバイオリンの後輩の姿が見れて、先輩として嬉しい限り。音楽を、ずっと楽しんでいってほしいなと。そして、自分も楽しまなきゃなと、そう思った一日。

2009 年 1 月 15 日

2009年も気づけば半月が過ぎて

カテゴリー: 日記 — shamdiary @ 2:40 AM

新年に意気揚々としていても、半月が過ぎる頃には気づく。結局何も変わらない。

それは仕方のないこと。だって、私は昨日から明日に向かって連続して在るだけなのだから。

年が変わることにそれ自体に意味はない。大切なのは、自分がどうなりたいかと、その為に今日をどう生きるか。それは、いつの時点でも、きっと変わらない。だから、年が変わろうが結局何も変わらないのかもしれないけど、それでいいんだよ。ってふと思った。

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年明けから数週間にわたって、会社の代表が新人向けの講演を開いている。入社数か月以内の人が対象の講演で、(わが社流)ビジネスマインド的な部分の補強と、経営者との接点の希薄化の補強が目的だと私は思ってる。社員にとっては、代表の話から、何を考え、日々の業務に活かす「ネタ」を探す時間。プラスして、私のような人間にとっては、「経営陣」というものの本質を探る時間だ。(近い将来、経営に携わるつもりでいる)

2回目今回はCS(一回目は問題解決能力についてだった)。

顧客満足は、創造するものだ。顧客が満足だと思える状況を作ることと、顧客の為になることとは両立しないことがままあり、そのバランス感覚が重要なのだ。それを実現するには、単にロジカルなだけではだめで、うまく環境要因と照らことや、自らが誠実であろうとすることが大切である。

3時間の講演をまとめちゃえば、そんなとこ。

 

誠実さ…2008年は、人を裏切り、傷つけ、奈落へ落とし、鬼畜とまで呼ばれた私だが、かつては誠実さが取り柄だったり…どこでどう間違えたのか。誠実さは、今年のテーマの一つにもあったはず。今年は、誠実でありたいと思う。

2009 年 1 月 13 日

本を読むこと

カテゴリー: エッセイ, 日記 — shamdiary @ 1:31 AM

私には自分というものがないのだろうか。

読んでいる本の文体が、自分思考に使われる言葉となり、人の意見が自分の意見にすり変わる。それは無意識の中で行われ、自分が元々はどういう思考をする人だったのか、もう思い出せない。

このことについて、少し考え始めると、思い出す言葉がある。「あの人は影響受けやすいからなぁ」という後輩の言葉だ。

就職活動期、学年を問わず参加できるインターンで知り合った、その後輩。大学やキャンパスまで同じだったから、少し話すくらいの仲にはなった。ただ、逆を言えば、それだけの仲だ。そんな後輩から、言われた一言。もちろん、直接ではなく他の後輩からのまた聞きだが。

少し知り合っただけの人にすら、そのことが伝わる。それくらい、私は自分が薄いのか。

 

そんなことがあっても、本を読むことを続けてた。たとえ、それがバイアスになるだけだとしても。私はそれをやめなかった。年間50~100冊近く、小説からエッセイ、ビジネス書、哲学系、技術系、学術系。ジャンルを問わず。

そうやって2年が経った。

今は、変われることが自分の強さだと思う。言葉を受け入れ、考え、それを身とし、変容を繰り返す。それはきっと、私が成長を止めるまで続く、長い長い道、のはず。

気づけば今年が始まって、もうすぐ半月。これを24回繰り返せば、また一年が過ぎる。5回繰り返すだけで、社会人の2年目が始まる。振り返り時なのかもしれないなと、ふと思った。読んだ本でもまとめてみるかな。

2009 年 1 月 4 日

ピカソとクレーの生きた時代@Bunkamuraザ・ミュージアム

カテゴリー: 日記 — shamdiary @ 2:03 PM

1月3日。2日に都内に帰ってきたので、3日は銀座のYAMAHAへ。6月のコンサート曲目のスコアと音源を購入。YAMAHAはスタンプカードからポイントカードになったのですね…久々に行ったから、なんか新鮮でした。

したかった買い物は若干残っているものの、気分が乗らなかったので、そのまま渋谷へ。Bunkamuraに初めて行ってきました。1月2日から始まったピカソ&クレー展。クレーの作品って、絶対目にしてるはずなのに、思い出せないなぁ・・・と思いつつ独りゆっくり鑑賞をはじめる。

最初に思ったのは、他の美術館より、綺麗な女性客が多いような…という邪念。まったく新年早々…と自分に苦笑。

ピカソはブラックと同じくキュビズムの創始者。だから、きっとブラックの作品もあると思って探したら、ちゃんとありました♪やっぱりブラックいい!!と再確認。好きな画家を見つけるっていう2009年の目標は、ほとんど達成してるのかも…

一方で、作品が思い出せないクレーだったけれど、いくつも知ってる絵があった…要は画家とタイトルが一致してないのが多いってことなんだなと反省。

クレーの作品で一番好きだなと思ったのは『頭も手も足もハートもある』でした。好きという表現だと何だかしっくりこないけれど。一番ドキっとしたのがこの作品でした。あとは、たぶん新国美辺りで観た気がする「黒い殿様」とかにも、惹きつけらたかな。

クレーもいいなぁ・・・家に飾りたい…と思いながら、Bunkamuraを後にし、帰宅。

夜は食品などの買い物すませ、パスタを買ってあったベーコンやら卵やらと一緒にソースをからめて食し、NHKでやってたオペラコンサートを見たり、興味が持てるアマオケ探したり、購入したCDの音源をtouchに入れたり、六本木ヒルズの下にあるTUTAYAで小説読んだり。結局2時すぎくらいにTBSかなんかでやってた洋画を見てたら寝落ち。

年末年始は、芸術に入り浸って生活できて本当に幸せだな。

セザンヌ主義@横浜美術館

カテゴリー: 日記 — shamdiary @ 2:19 AM

12月31日大晦日セザンヌ展を観にみなとみらい

セザンヌは、多くの画家に影響を与えた人らしい。。その程度の予備知識でいざ横浜美術館へ。

セザンヌの考え方や実験的手法は、印象派への批判から生まれている。

写実主義や印象主義が、「対象そのもの」と同程度、もしくはそれ以上に「周囲」に重点を置いていることへの反発。例えば、モネなどの絵画は、光や大気といった、本来「見えないもの」にも、色彩が与えられ、可視化されている。そうすることで、ただ対象を描く場合以上に、「写実的」な絵画を生み出そうとしたわけだ。

ただ、そのような絵画は、対象が曖昧になる。見えないものを可視化する為には、感覚に頼らざるを得ないから、より感覚的・習慣的な絵画になっていく。

このような流れに反発したのが、セザンヌをはじめとした後期印象派と、スーラなどの新印象派。印象派じゃ限界があるだろ!!

今回のセザンヌ展では、後期印象派に加えて、その流れを継いでいるフォービズム・キュビズムまでが含まれていた。というか、そもそもセザンヌの作品が多いという訳ではなかったようだ。。

セザンヌも嫌いではないのだけれど、私には印象が薄い気がしてならない・・・それよりも、ブラックやピカソの方がよかった。まぁこれは大学時代からの傾向―キュビズム好き―だけれども。

革新的なことをする画家が好きなのかもしれない。特にブラックは、考え方(*)に共感できる点も多い。

 

*Catalogue of the Exhibition of Georges Braque,An American Tribute,New York 1967

「私自身の作品には、私が理解すらせず、また理解しようともしないある種の神秘、ある種の秘密がある。なぜ、それを思い悩むのであろう。神秘は調べれば調べるほど、深まってゆくのだ。それはつねに手の届かぬところにある。神秘は、それがその力を失わないかぎり、敬意を払われるべきである。芸術は人の心をかき乱し、科学は休めるのだ。もし神秘が存在しなければ、ポエジーもない。このポエジーこそ、私が芸術において他の何ものにもまして尊重するものである。

ポエジーということばで、私は何を意味させるのか? 絵画にとってのポエジーとは、ちょうど人間にとっての人生の意味と同じである。けれども、私にそれを定義づけるよう要求はしないでいただきたい。それは芸術家ひとりひとりが自分の直観を通して、自分自身で発見するためにもがかねばならない何ものかである。私にとっては、それは調和であり関係であり、リズムであり、そして-私自身の作品にとってこれが最も重要な点なのだが-変容(メタモルフォーシス)なのである」

2008 年 12 月 14 日

軽く悶々

カテゴリー: 日記 — shamdiary @ 4:27 AM

傷は上から塞ぐだけじゃ治らない。いくら、思い出を塗り重ねても、その傷自体が癒えてない限り、結局痛みだすのかもしれない。

今日は、現役大学生)の後輩から、聞きたくないことを聞かされた。昔付き合ってた女と、半年くらい前まで付き合ってた女が、俺のことについて話してた、そういう話だ。

教えてくれた後輩は、まったく悪気はないんだろう。それは分かってる。俺のことを尊敬(!!)してるとか言ってしな。。ただ、尊敬は理解から一番遠い感情なんだよ。。

要は、状況が修羅場であろうと、「我関せず」という態度をとれてしまう、自分の演技力(!!)が、こういう事態を招いてるわけだろう。つまり、後輩は俺にそういうことを話しても、俺が気に病むとは露とも思ってない。そういうことだろう。

 

聞かされてから、数時間は悶々としてたけれど、さすがに朝まで気を患ってれば精神も麻痺してるのか、だいぶ楽になってきた。楽になってしまえば、何に悶々としてたのかも、わからなくなってくる。忘却の力こそ、最も偉大なものだ。。そんなことを考え始める。

忘れられないものは、きっと大切なもの。ここ数年、俺はずっとそう思って生きてきた。果たして、それは正しかったのだろうか…自信がなくなってきた。AM4時半になっても、外は暗いままだ。。

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