ホワイトデーのお返しに期待する額は、義理でも1.5倍。
そんなアンケート結果がNIKKEI NETに上がっていた。男性から女性へのお返しというこのイベントは、「男性が」見栄を張る場所であったとしても、それを女性が期待するのには、多少抵抗がある。そもそも、勝手に配った訳だから、お返しがもらえなくてもいいと思っていて欲しい。そうしたうえで、万が一、男性から本当にお返しがないのであれば、その時は怒って然るべきだが。。ただしそれは、その男性の「男気の無さ」に対してであるべきだろう。
男性というものは、「見栄」と多少の「下心」の大きさに乗じて、懐具合が変わるものだから、それを義務化してはいけない。「絶対返してくれる」と信じている恋人よりも、片思いだった女性からもらった義理チョコへの方が、払える金額の上限が高くなりがちなのだ。もちろん、実際には世の中の常識に縛られ「義理なのだから、そこまで高級なものはお返しすべきでない」という理性で踏みとどまっているに過ぎない。高いものをあげて、本当にそれが喜んでもらえるのであれば、かなりの額を払う輩がおそらく多いのではないだろうか。得てして男とはそういう生き物だと、私は思う。
さて、偏った一般論はこのあたりにして、己の身におきている事でも考えるとしよう。
社内で慣例的にもらったものを除くと、個別で義理チョコをくれた女性は会社2人、。オケでも2人。会社の2人は、私のマンションで飲み会をした際、彼女たちが寝ている間に手作り菓子を作ったことがあり、そのお礼だろう。オケは、純粋に全員に手作りのクッキーを配っていた女性と、合宿の帰り道が一緒になった女性から、全員用と思って買っていたお菓子の余り物受け取った(さて、これはカウントすべきか迷うところだが)
今週の土曜日しか買物の時間を取れそうにない。だとすれば、生モノ系の(プリンをはじめとする)スイーツを買うという手段は使えない。仮に菓子類とすれば、日程的にも問題がないのは、焼き菓子かチョコレートの類となる。これだと何の捻りもない。。
人数が少ないので、個別の趣味などに合わせて物を変えるのもありかもしれない。会社の2人なら、合わせる自信はある。オケは、知り合って間もないので、難しいが、楽器の特性やら会話から聞き取れたことから絞り込んでいくことも可能かもしれない。
久々にちゃんとした買い物にいこうか。
最低でも1.5倍
Facebookの話から発展して・・・
数日前の話になるけれど、(たしか5月19日の)日経新聞で、海外の人気SNS、Facebookが日本語化されます!!というような記事があった。
日経新聞にはそのように書いてあったが、これはFacebook側が日本語バージョンを発表したわけではなくて、ユーザー側がサードパーティの翻訳ソフトでボランティアで日本語化したもの。
もちろん、そんな事情は知らないので、日経さんに数日騙されていた私。Web関係は、非常に興味があったのに、忙しさを言い訳にインプットを怠り、こういう誤解を持ったまま過ごす羽目になったわけです。
さて、Facebookが日本で成功するか否かということは、お偉いさん方が意見してくれてますんで、私からは何も書きません。
ただ、「日本人には~」という考え方が、第一に出てくる「日本という国の国民性」、つまり世界標準にいつまでも成りきれない国民性が、私は心配です(技術者や専門家を除く一般人のお話ですよ)。
文化などは保っていくべきだと、確かに思うんだけど、こういう技術やツールの利用、そして特に人間関係に対して、閉じこもり気味な感じがするんだよね。日常会話の中で、私が「キャサリン」とか「中国人の友人の名前」を出すだけで、そこに言及してくる人が多いってのは。。それも文化なのかなぁ・・・たぶん、違うと思うんだよ。
さてさて、話はSNSに戻りまして・・・
私はこのSNSってやつを、ほとんど活用してないタイプの人間なんですが、そんなアナログ派(ではないか?笑)の私が考えるSNSの未来像ってやつを書いて今日は寝ます。
今、SNSって、いろんな会社が独自にサービス展開してますよね。これが、数年のうちに統合されていくんじゃないかなって、私は思ってます。mixiとかFacebook,MySpaceなどをプラットフォームとすると、こやつらのうち、多くのサービスがそれぞれ提携し始めて、相互の行き来が簡単になってくると思うんです。要するに、mixiのIDでFacebook始められたり・・・とか、そういう話。
だって、不便だもの。多くのSNSは、それぞれに魅力を持っていると、私は思うけれど、それぞれに別々にログインして、使わないといけないのって、結構煩わしい。使うのは、どれか一つ。多くても二つ程度だと思うんですよね。
ただし、これは現状を壊すような、いわゆる「キラーコンテンツ」が現れないという前提のお話です。もしも、mixiもFacebookも、「ひとつのプラットフォームの中のコンテンツとして」扱えるような、そんな大きなサービスが出てきたら、また話が変わってくると思います。
携帯電話がMNPで会社間の移動が可能になったように、SNSでもそういうことが起きるだろうって、私は1年ちょっと前から思ってます。もし、そういうキラーコンテンツの制作に携われたら、やりがいのある仕事だろうなと、思いながら
(現状だと、たぶんまだ早いと思うんだ。。あと、日本のSNSはmixiの一人勝ちだから、キラーコンテンツを作っても、キラーコンテンツにならない気もする・・・たぶん、もうワンクッション必要なんだと思うんだよね。私はそれが海外のSNS、もしくは携帯専用のSNSなんじゃないかなって、思ってますが)
青少年のネット利用、40都道府県が規制・日経調査
東京都、大阪府など40の都道府県が18歳未満の青少年のインターネット利用を規制するための条例を導入済みなことが日本経済新聞社の調べでわかった。出会い系サイトや「学校裏サイト」などを通じ犯罪被害やいじめに遭う例が後を絶たない。自民党や民主党も法律による規制強化を検討中で、危機感を強める自治体が先行する形で独自規制に動いている。ただ「表現の自由」の制限につながるなどの懸念から長野県など一部は規制に慎重な姿勢だ。
調査は全国の都道府県を対象にアンケート方式で4月下旬に実施した。
NIKKEI NET(日経ネット):企業ニュース-企業の事業戦略、合併や提携から決算や人事まで速報より
何か「よからぬこと」が起きた時、それを防ぐ方法は、規制しかないのだろうか。。
「犯罪被害やいじめに遭う例が後を絶たない」 のが事実だとしても、それはインターネットを利用する側の問題であって、インターネットの問題ではないのではないだろうか。規制をいくら敷いたとしても、それを使ってはいけない理由が、当の本人たちに自覚されなければ、結局新しい形で問題となって現れる気がしてならない。この「自覚」には「生きた言葉」、リアリティが不可欠だと思う。
例えば、「オレオレ詐欺」が言葉を変えて未だに残っていたり、「マルチ商法」がなくならなかったり。これらは、当事者たちに自覚を持たせるに至らないから、未だに問題として残っているのではないだろうか。詐欺師はもちろん、ひっかかる可能性のある私たちに対しても「注意」という方法しかとらず、「生きた言葉」でリアリティを持って伝えることが出来なかったことに起因する問題だと、私は思っている。
規制が問題だと思うのは、「使えなくする」ことに対しては、一切「リアリティ」が発生しないからだ。使用者が「日常起こりうる」と実感するような、リアリティを持った認識を感じない限り、「人の方が」変わっていくことはないと思う。必要なのは、規制ではなくて、「生きた言葉」で、ネットの可能性や危険性を語ることのできる、青少年にリアリティを伝えられる、そういう「教育」だと思う。
ネットの最前線で生きている人に、ネットの可能性を伝えてもらい、本来のあり方を考える機会を与える。いじめにあい自殺してしまった人の遺族の方に、教室で話してもらう。心情的に難しいのは、私にも分るが、それはあくまで教育する側の論理のはず。教育される側にとって、一番望ましい(好ましいではない)方法を、考えていくべきだと、私は思っています。
少なくても、何が正しくて、何が間違っているのかを、学ぶ機会のないまま、ただ単に「使えなくする」ことだけで、事態は改善に向かうとは、私には思えないんですよね。
ガソリン税率について
レギュラーガソリンの全国平均小売価格が五月に過去最高値を更新することが確実となり、一リットル当たり百六十円を突破する見通しが強まった。石油元売り大手各社が二十八日、ガソリン税の暫定税率が復活した場合、五月一日からのガソリン卸価格を四月に比べ一リットル当たり三十円前後引き上げることを決めたためだ。
(引用:東京新聞 “ガソリン卸値30円上げ 暫定税率復活後 大手各社が決定”)
先日の山口補選は何だったのか・・・と、少なくとも性急に思われる。
山口補選での自民の完敗は、国民のガソリン税率復活への反対などが、大きく影響しているのではないのだろうか。民意を欠いた政治など、もはや政治ですらないと思うのだが。
自民のすべきことは、ガソリン税率を上げることで、どのようなメリットが国民にもたらされるのかを、もっと具体的に述べ、政府としても、その為に何をしていくのかを述べることが必要なのではないのだろうか。
個人的な考えを述べれば、ガソリン税率復活自体には反対ではない。理由は、ガソリン自動車に頼っていること自体が、そろそろ時代遅れになってくると思うからである。「ガソリンは高いから電気自動車に乗り換えようか」と、多くの人が考えるきっかけになる可能性を秘めている。そのような使い方であれば、私は一向に構わないと思っている(政府による民間業者への圧迫と優遇になってしまうのは承知の上だ。しかし、時代のパラダイム転換を興すには、そのくらいの「力」が必要ではないかとも思うのだ)
むしろ、国民の意識が、未だに「お上に何かをしてもらう」という感覚であるという事が怖い。私は、政府はあくまで最低限の生活を保障する為の、セーフティネットでしかないと考えているから、年金制度が瓦解しようと私は構わない。原則は、自分の生活を守るのは自分自身である。その為には、計画的に資産を増やす必要はあるが。
しかし、原油高がさまざまな悪影響を与えている昨今においては、むしろ問題の方が多いのは明白ではないか。今朝からガソリンスタンドのトラブルが報じられているが、国民からの信頼は、かなり落ちてしまうのではないだろうか(今があるのかは知らないが)
これからGW。さて、問題が広がっていかなければいいのだが…
ドコモのロゴが変わるんですね…
ちょっと出遅れ感が否めませんが・・・
携帯最王手のドコモは、今年の7月からロゴマークを変更することを発表しました。新しいロゴは、赤と白の2カラーがメインのシンプルなもの。
親しみやすさを重視したそうなのですが、はたして伝わるのでしょうか。
ロゴマークに使われる色は、大きく分けて2種類あります。
暖色系・寒色系です。
前者がBtoC、一般消費者向けのサービス・商品を提供している企業に多く、後者はBtoB、企業同士というビジネスモデルを持っている企業に好まれます。それは、暖色が親しみやすさ、寒色が洗練されたイメージを持っている、からだそうです。
なので、ドコモの今度のロゴ変更はそれにならったものといえます。
でも、私が個人的に問題だと感じているのは、ブランディングにおいて、ロゴマークの変更は細心の注意を要するものであるということです。
ロゴは、その企業の表の顔です。
顔が変わると、認識しづらくなりますよね。
また、ロゴは目立たないと意味がない(「目立つ」=「目につく」ではなくて、記憶に残る、もしくは他と異なっている)と思うんですね。赤と白なんて、世の中でいくらでも転がっているし(コカコーラも赤白ですね)あまり目立たないんじゃないかなというのが、率直な感想です。
ただし、ドコモには5300万人という顧客数があります。
これほど、多くの顧客を持っている企業も、そう多くありません。
この利点を活かして、「携帯電話が本来あるべき姿」を目指していってほしいと思います。
要は、守りに入って、進化しないのではなくて、既存顧客を大事にするからこそ、進化をつづけて言ってほしいと、願っています。
衆院山口2区補選について
先日のオバマ氏の失言の時にも書いたが、政治家はどうして相手を落とす事ばかり発言するのだろうか…
今まで、福田首相の発言は控えめで、考えた上でものを言ってるように思えた(逆に言えば裏があるようにも思えたわけだが)ので、支持率自体は低迷しているが、個人的には好感を持っていた。
だが、今回の山口の補選では、民主党の批判が非常に目立った。「選挙の票集めのためだけに、ガソリン税をなくすといってるような人たちを本当に信じていいのか」などと言っているのだ。
もちろん、民主党による批判は、いつもどおりひどい。
私は、政権を民主が握ろうと、自民のままであろうと構わないが、「野次」を飛ばしたり、相手を「批判」するだけの人たちが、まっとうな政治が出来るとは、思えない。
本当なら、立候補した人たちによって「私たちは国民の皆さんに、このような利益を与えることができます」という宣言があり、国民はその政策による「利益」を見込んで、投票するのではないだろうか。その利益の実現を、具体的な方法を持って示したのが、マニフェスト、公約のはず。奇麗事なんて、いらない。どうしたら、生活がよくなるのか。経済が安定するのか。もしも、その為に。高齢者への負担を増す必要があるのなら、その必要性と、代替案などを提示した上で、なぜその政策を取ることにしたのか、の説明責任を果たさなければならない。
相手の批判をする必要は全くない。相対的な価値を高めても、何も変わらない。政治家の目標は「いい世の中を作る」ことであるのかもしれないが、現在は「選挙に勝つ」ことが目標となっているとしか思えない。相手を落とす発言ではなくて、自らを高める発言だけで、選挙に挑んで欲しい。人の悪口ばかりを言う人は、信頼がおけない。それは、市井においても、政治においても共通認識だと、私は思いたい。
オバマ氏の失言
『オバマ氏は6日、サンフランシスコでの非公開の資金集めパーティーに参加。「ペンシルベニアの田舎町の人々は、失業に苦しんだ結果、社会に怒りを持つようになり、(その反動で)銃や宗教に執着するようになった」と語っていたことが11日、インターネットで明るみに出た』
『「銃」「宗教」といった米社会では繊細なテーマにも触れたことから、クリントン氏はオバマ氏攻撃にさっそく利用。「エリート意識丸出しで、地方の人々を見下している」と激しくかみついた。 』
『オバマ氏は問題の発言について、「私の言葉の選択がうまくなかった。深く悔やんでいる」と表明したが、クリントン氏に対しては、自分の発言を政治的に利用していると主張し、「恥を知れ」と激しく反発した。』
下記より引用
asahi.com:オバマ氏失言「田舎、銃や宗教に執着」予備選に打撃 - 国際http://www.asahi.com/international/update/0414/TKY200804140184.html
オバマ氏の発言は、確かに軽率であると私も思う。
非公式であり、パーティという場であるから、そこにいる人々に合わせた発言をしたのかもしれない。それなら、なおのこと、オバマ氏の本質が疑われる問題だと思う。
彼は大統領候補の一人だ。一国のトップの立つ者は、他者に合わせていたら立ち行かなくなるだろう。細い枝が生い茂ったような木ではだめなのだ。そういう木では、筋の通った立ち回りはできない。そうではなく、一本の太い太い幹を持つべきだ。その幹の中に、すべての人を内在出来るような、そういう太い幹をもった木であるべきだ。
そしてヒラリーの反応。
政治家というものは、なぜか人の上げ足をとることが好きのようだ。揚げ足取りが政治家の代名詞にも感じられる。
それは、人を下げることでしか、自分の優位を表せないと自ら言っているようなものだ。自分が、それほど優れた人間ではないことを、深層心理では理解しているのだろうか。
太い幹を持った木であるべきだ。人を非難するのではなく、暖かく包み込めるような、そんな太い幹を持った木であるべきだ。
また、政治家たちの発言を聞いていると、物事の本質を理解していない場合が多いように感じる。「目先の勝利」に躍起になっているように思う。日本しかり、アメリカもそのようだ。
そもそも、政治家の理論は、論理的ではないことが多い。まるで、私の文章のように感情的であり、理路整然としていない…それは、政治家が「結論ありき」で物事を考えているからに違いない。
一昔前の首相は「郵政民営化」が一番の方法だと信じていた。
しかし、実際はどうなのだろうか。
結論に至る過程、その検証はどこで行われたのだろうか。
郵政民営化を「する」「しない」ではないはずだ。
本来は「何をしたら、より無駄がなくなるのだろうか」を考えるべきと思うが、違うのか。
もちろん国民も悪い。
いや、むしろ国民が悪いのだろう。「政治家は当てにならない」と言いながら、自分は政治には無関心。興味があるのは、自分の生活に関係のある、自分に利益になることだけ。
税金が高くなるのはダメ!!
本当にそうなのか?
税金が高くなって、それがどのように運用されていくか。市民が政治に対して、もっと目を向けるきっかけに、なりはしないのか。
物事には、いろんな見方が出来る。
オバマ氏の発言から、あなたはどこまで考えが広がるか。
ドコモ陥落!?
今、このブログを更新したのに、記事が何故か反映されてなくて…45分が無駄になってしまいました。。
記事の内容は、MSN産経ニュースの「ドコモ“陥落”」という記事です。
MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/economy/business/080407/biz0804072000010-n1.htm
簡単に説明すると、今まで携帯市場の50%以上のシェアを占めていた最大手のドコモが、平成20年3月末の携帯電話契約数で、49.7%というシェアに落ち込み、平成9年3月期以来11年ぶりに50%を割り込んだことが明らかになった、というものです。
私が思ったことは、「純増」や「何か月連続純増NO1!!」といった言葉への疑問です。
ドコモのような、大きな顧客数を持った会社の顧客が、小さな数のソフトバンクへ流出する。数字だけみると、そのように感じてしまうかもしれません。
でも、実際は「ソフトバンクからドコモへ流れていく人もいる」はずなんです。
例えば
AからBへ:3%流出
BからAへ:5%流出
AはBの3倍の顧客を持つ会社だとします。仮にAの顧客数を5300人、Bを1800人としましょうか。
この場合、満足度ではAの方が高いといえると思います。少なくても、Aの方が、顧客から支持され、顧客離れを防いでいるといえるでしょう。
ですが、数字を代入して計算してみると・・・
AからBへ:5300×3%=159人
BからAへ:1800×5%= 90人
となります。
つまり、数字だけ見るとBの方が70人近く「純増」しているわけですね。
要するに、シェアが大きい会社の方が、「純増」という単位で比較すると、絶対的に不利なわけです。
ちなみに、平成20年3月現在、ドコモの契約者数は約5330万人で、ソフトバンクモバイルの契約者数は約1850万人です。上の数字も、それに合わせて考えていたりします。(%は架空のものですが)
比較するべきは、どれだけの割合で「満足度」が高いのか。ということであって、「純増」数ではないと、私は思います。
まぁ、こういう「感覚的な影響」を考え、うまく広告や宣伝にちりばめている、ソフトバンクの戦略勝ちなのかもしれません。。
純増という言葉は、ソフトバンクの躍進以前には、今ほど見かけない言葉でしたね。
さて、この後携帯市場は、どのように動いていくでしょうか。非常に興味深い事柄であります。
PS.
ブログの更新がうまくいかない。
そんなことは、しょっちゅうある。
それなのに、その度に「無駄な時間」を生んでしまう…効率的な面を考えるなら、ブログはテキストエディタなどで書くべきだとは思う。
前からそう思ってはいたが、なかなか実践できずにいた。今後、気をつけてみる。
ただ、個人的にはテキストエディタが、もっとコピペしやすければ使用する気になれるのだが…例えば、そこに書いた内容を基本的に「コピペ用」とみなすエディタなどを作れないだろうか…と考えてみる。
そのエディタに書いた内容=コピペ用。つまり、書いて、ブログページでペーストする作業だけでよくする。
「Ctrl+Aで選択して、コピーして」の二手間。その「たった」二手間が私には煩わしい…
また、私の文章の構成を見ると、本当に「無駄」が多いと思う。少なくても論理的でない。
骨子はどうなっているのか。
私が本当に言いたいことは何なのか。それを明確にしてから書き始めないと、何の訓練にもならない。。そして何より分りづらい。
よく考えた上で、結論を決めてから、そこに向かって書き始める癖をつけようと思う。
明日は「株」について、また書く予定です。
それではおやすみなさい。