今も、「ホームという言葉について」という文を書いていた。
しかし、途中で論点がずれてしまったり、主張が複数に渡ってしまい、何が何だか分からなくなってしまったので、別日に考え直すことにした。本当に、文を書くということは難しい。。
これは、ある種のセンスと、そして経験で培われていく力なのだと思う。
私の尊敬している後輩で、文が書くのが巧い女性がいるが、彼女の場合は間違いなくセンスがよかった。努力タイプというより、天才肌。彼女の書く文には、人を惹きつける力があった。言葉の選択も巧みだ。そのような人は、文を書くことの難しさという感覚はないのかもしれない。
私には、そのような「センスある文」というものは書けそうにない。幼稚園の頃に書き上げた小説(小話)は、今考えても素晴らしいものではあったが、文章のセンスがある訳ではなさそうだ。(もちろん、幼稚園で一文以上の文を書き上げたのだから、知能はいくらか高かったのだろうが、それはセンスではないだろう。)
分解して考えてみれば、文とは単語とその組み合わせで成り立ち、全体を論理構造でつなげているものだ。だから、語彙力と文法と論理力が高くなれば、「いい文」が書けるはずなのだが…決してそうなるとは限らない。。
そこで「視点」というアプローチが必要なってくるのだと思うのだが、私はまだこの点について、考察が足りないように思っている。これは今後の研究テーマにしたいと思う。
何にせよ、文を書くのは難しい。だから、仕事のメールの返信にやけに時間がかかってしまったり、こんなエントリに異様に時間を掛けてしまったりする。これは、私の今後の大きな課題の一つだ。今年中に方向性を決めたいと思っている。
文を書くことの難しさ
飲み会とMTG
大学入学か、もしくはそのあたりの年齢になると、入ってくる、新しい世界観。その一つが「飲み会」だと思う。
どうも、普段仲良くしている人以外であっても、「飲み会という場であれば気安く話してよい」という暗黙の了解があるようだ。その為、飲み会は「親睦会」という形で行われることが多いように思う。要するに、「これを機会に仲良くなってください」という意図なのだろう。
その効用に対して、私自身は完全な信頼を寄せているわけではないが、往々にしてそれは上手く機能するようだ。でなければ、毎年のように繰り返される説明がつかなくなってしまう。
ただ、思うのは、なぜ飲み会なのだろう?という疑問だ。普段の会議や、コミュニケーションの中で、真の意味でコミュニケートできているならば、わざわざ「親睦会」をする必要はないはずだ。会議や職場で交わされるのは、仕事に関する話だけという、どこにも決められていないルールに縛られ、それを脱することが出来ないから、飲み会という場が必要なのか。
私としては、普段から気軽なコミュニケーションを図りたいし、仕事に関係のないような雑談も、会議などで積極的に行うべきだと思っている。実際に、MTGなどでは「今度レーシック受けてきます!!」とか「夏休みに後輩にうちの会社薦めてきました~」とか、本当にどうでも話もするようにしている。
そういった会議では、周りからも「今後休みもらって、写真撮りに遠出してきます」とか「スカイダイビングの募集したいんすけど?」みたいな話も飛び交う。お菓子をつまみながら、ゆったりと近況報告を行う。リラックスした環境で行う会議は、実はかなり情報量が多いものだ。相手の健康状態であったり、機嫌であったり、そういった業務報告だけでは現れにくい情報も、読み取りやすくなる。それは、自分の不慣れな点に協力を仰いだり、何気ない相談を相互に増やし、連携が密にとれるようになる。
このような考え方は、当然のことながら、「真面目に何かに取り組もう!!」と思ってる人が多い場では、実現が難しい。今必要としている情報以外に、興味を持てない人がメンバーとして集まってしまうと、雑談に対して、反応が無くなってしまう。それでは、話も発展しようがない。コミュニケーションにならない。
さて、話を飲み会に戻そう。飲み会でのコミュニケーションには、果たして「リラックスした会議」で得られるような、効用があるだろうか。「仕事から離れて話をする」という暗黙の前提が、飲み会には存在し、それが純粋なコミュニケーションを阻害することが多いように思う。たとえば仕事の愚痴のオンパレードの飲み会の席などが、それである。普段は言えない文句を、酒の力を借りて発散する。これは本来、不満を抱えたまま、それを「提案」という形に出来ていないから、生じるもので、言ってしまえば八つ当たりにすぎない。
飲み会を、ただただ楽しむという意味で捉えているなら、ここでは問題にはならない。楽しいのであれば、それを行う理由など考える必要もない。親睦会のような理由で開かれることが多い、飲み会であるが、元来、楽しいから集まってるはずだ。さて、今集まっている場は、あなたにとって、「楽しい場」かそれとも「付き合いの場」か。
運がいいということ
運がいい人と、悪い人とは、本当に分けられるものなのか。「運がいい人」にだって、運の悪い出来事が全くないとは思えない。例としてはふさわしくないかもしれないが、可愛がってたペットがいたとしたら、そのペットの寿命が来た時に「運がいい」とは言えないだろう。だから、私は「運がいいと思ってる人」と「運が悪いと思ってる人」の分け方以上のものは出来ないと思う。
私は、小中学生の間、自分で「運が悪い」と思っていたことがある。小学校では、軽度のいじめの標的にされたこともあるし、中学校でも、仲良くなった教師は担当じゃなくなり、苦手な教師ばかりが担当になったりした。今思えば、「そんなこと…」であっても、当時の私には重要事項に違いはなかった。それが尽く、運悪い結果となった。少なくても、当時の私はそう思っていた。
大学の授業で哲学を学ぶ機会があった。そこでフェルディナント・ソシュールという言語哲学者と出会うことになる(もちろん授業で使用したレジュメの中での話だ)まあ、言語論に関して、無知に近い私の考えなんぞを語ったところで何もいいことはないので、ここではなしない。
ただ、ソシュールという人の考えに触れ「人は言葉を恣意的にしか解釈できないのだ」ということを知った。また、その恣意的にとらえた「その人にとっての、その言葉の意味」で、思考もめぐらされるのだということに気づいた。それから、運が悪いと思うことを止めた。もちろん、きっぱりとはいかなかったが、2年くらい掛けて、そう思うことを意識的に消すことに成功した。
今、「あなたは運がいい人?悪い人?」と聞かれたら、きっと前者だと答えるだろう。人の意識は、自分の周囲の出来事にも影響を及ぼす。そんな意味の言葉を、初めて目にした時は、「いやいや、そんな訳はない」と思ったものだが、今はすんなり受け入れられる。運がいい、悪いは、その人につきまとっている周囲の環境そのものなのだと、私は思う。そして、それは意識的に、変化を及ぼせられる事象の物事だ。
考え方を変えろ!!なんて、偉そうなことを言うつもりはない。言いたいことは、全ての出来事に対して、「言葉を当てはめている」のは、自分であるということだ。人は、何か出来事があったら、それが「いい出来事」なのか「悪い出来事なのか」を判断し、それにふさわしいと思う言葉を当てはめ、頭の中のデータベースに蓄積しているのだ。そのことを、少し考えてみてほしいとは思う。その振り分け作業の中で、どういう判断を下しているのか、気づいた時に、自分の思考を探ってみると、今まで感じていた自分とのギャップを発見できるかもしれない。
東京タワー
私の住んでいるマンションは、東京タワーまで歩いていける距離にある。このマンションに引っ越してくるまで、東京タワーについてほとんど何も知らなかったが、このタワーは、観ているだけでなかなか面白い。
島耕作というマンガの中で、東京タワーの照明は深夜0時になると消されることが描かれている。マンガの中ですら出てきた内容だから、これは、知ってる人も多いかもしれない。では、その照明は朝まで消えたままなのか、と言われると、実はそんなことはない。深夜1時くらいになると、また照明が灯っていることもある(言い切れないのは、そんな遅くに出歩くことがそこまで頻繁でないからだ)
また、照明の色についても、惹かれるものがある。今のマンションに移ってから約半年のうち、東京タワーの照明は3色変化している。オレンジっぽい照明、白っぽい照明。この2色はポストカードなどでも見たことがあった。しかし一日だけ緑の照明を灯した日があった。7月7日の七夕だ。初めて見上げる、緑色の東京タワーは、とても不思議な存在感を放っていた。
2012年には、墨田区の東京スカイツリーが完成する予定だが、東京タワーの経た歴史が色あせることはないだろうなと、私は思う。江國香織が描き、リリーフランキーも描いた東京タワー。大ヒットした映画では、徐々に完成していくタワーが、日本の復興の様子を表現したりもした。
ゴジラに破壊され、ドラえもんの映画でも鉄人兵団によって破壊されたが、変わらずあり続けた。
『最上部で風速90m、下部で風速60mの強風と大地震(同タワーの耐震設計で考慮された水平震度は0.99で、関東大震災時に小田原付近で推定された加速度の約2倍に相当)に遭遇しても安全な様に構造設計がなされた』(引用wikipedia)、そんな東京タワーは、私の東京生活のスタートよりもずっと前からあり、ずっと将来までそこにあるのだろう。そう思うと、毎朝毎夜眺めているタワーなのに、気が遠くなる感じがする。
携帯電話
今は、小学生でも携帯電話を持っている時代らしい。まぁ、親としてはGPSとか何とかで子供の居場所を把握しておきたいのだろう。一昔前から考えれば、家族構成も変化しているわけであり、10にも満たない子供が帰宅する時間でも、誰も家にいないということも多い、というもの理由の一つかもしれない。連絡を取りやすくしておきたいのだろう。
私が携帯電話を初めて持ったのは、高校生になる少し前からだった。そして、それは決して遅すぎるという訳ではなく、当時では非常にノーマルな年齢でもあった。それでも、親としては渋々であった。それが今では、親の方から子供に携帯電話を与えるわけだから、変な感じがする。
私たちの世代も含め、今の「若い世代」は携帯電話を非常に上手く利用するらしい。2台も電話機を携帯し、私からしたら信じられないが、うまく使い分けもしているようだ。携帯電話の存在を忘れ、気づけば数日間放置し、バッテリーが切れたのにも数日気付かないような、私はどうやらマイナーらしい。もちろん、社会生活を営む上で、携帯が必要だと思えば多少は気を使うとは思うのだが、幸い、今の職業でいる限り、ずっと家に置いておいても問題はなさそうである。いっそのこと、すべてEメールかIP通話にして、携帯を持たない生活をしたいと思う。きっとほとんど不自由しないだろう。だって周囲の人はみんな携帯を持ってるのであるから、誰かと一緒にいる限り連絡はつけられる。また、緊急の用件が出てきたら、見知らぬ人にでも声を掛ければ、差し出してくれる人もいると私は思っている。なにより職場でも自宅でもPCは常に触れている訳だから、携帯でメールに気づくよりもPCの方が確実にレスポンスが早い。
それでも(月に基本使用料込みで4000円台しか掛っていないにしろ…ちなみに自宅に固定電話は所有していない)携帯を手放さないのは、周りから「不便なやつだ」と思われたくないから、そして、私に連絡をとろうという、今ですら奇特な方々をさらに手放してしまいかねないことが怖いだけである。
いつもながら、話が私よりになってしまった。要するに、書きたかったのは、携帯電話のもたらしたことについてである。そして、それは「依存関係の強化」ではないかと考えている。子供が親に依存するのはもちろんだが、親も子供から離れることができなくなってきているように感じる。一昔前までだったら、独り暮らしを始めた子供に、毎週電話する、なんてことは(仮に初めの方はしていても)あまり続かなかっただろう。それが、今ではメールで場所を気にせず、もっといえば、相手の状況すら気にせずに連絡をとれるのだから、仕方がない。それが、結果として、子離れできない親を増やしているように、私は思っている。また、友人との関係も、依存度が高まった。昨今はSNSなどという、もっといえばmixiというツールで、人々はつながり合わなければならない強迫観念を感じているようにすら思える。その点を指摘する言葉を耳にすることもあるが、それは携帯電話から始まったのではないかと、私は思うのである。
Apple社やGoogleのモバイル参入によって、再び活気を帯びてきた携帯市場だが、果たしてどうなるのだろうか。SNSに、疲労感を感じている方々が増えてきたという話を聞くと、流れが一度「個への執着」に向かう気がしている。誰かとつながるために…から、自分だけでも気軽に楽しめるデバイスへと(一時期だとは思うが)回帰が起きると私は予想している。その後、その「気楽さ」を伴った人とのつながりが、モバイルで実現される。そして、それはもはや「携帯電話」と意識されない程、身近な存在となっている。根拠など、持っていないのだが、そんな気がしている。
音楽
私は高校時代からバイオリンを弾いている。元来凝り性なのか、学生時代の練習量はかなりのものだった。暇さえあれば、楽器の練習…授業もないのに、一日大学の練習室でバイオリン。友人が入ってきても、交わすのは挨拶程度で、おしゃべりに花を咲かせるなんてことは、あまりなかった。そんな日々を送っていたもんだから、左耳に違和感を覚えてた時期もあった(バイオリンは左耳の間近で奏でる楽器である)両親からは「音大に入れたつもりはないんだけど…」と軽く嫌味を言われるくらいの熱の入れようだった。(ただ、それで大学の単位を落としたことはない。まぁ、文化・芸術関係の単位も多いのだが…)
私にとって音楽は決して楽しいだけのものではない。無論、好きだから続けている訳だが、楽しいかと聞かれればその実感が持てない時が多い。音楽自体を楽しいと感じているわけではないかもしれない。ただ、コンサートで自分が納得できる演奏を出来た時は本当に気持ちがいい。プロの奏者と一緒の舞台に立ち、彼らの音を間近で聞いたり、彼らの演奏に自分の音を(自分的に)うまく重ねられた瞬間は、最高の気持がする。曲が始まる前や音の切れ目など、静まり返った中、自分と音楽が一体となっていると感じられる瞬間が時々ある。あの瞬間は、本当に全身に鳥肌が立つくらい、心が感動に満ちる。
私にとっては、それが音楽の楽しみである。そして、一番の楽しみである。
授業を犠牲に音楽に打ち込んだことは、何度あったか自分でもわからないが、音楽を犠牲に授業に励んだことはない。また、学生にとっては、人生の一大イベントだとされている就職活動も、私にとっては音楽が優先だった。人に移す可能性の高い病気と祖父の急な入院以外は、練習をさぼったことは一度もない。
最近、これほどまで好きなものに、巡り合ったことが奇跡だなと感じている。感謝もしている。ただ、恥ずかしながらバイオリンを始めるきっかけは、高校時代好きだった女性がオーケストラ部にいるからという安直なものだった。
何がきっかけになるかはわからない。思えば、その好だった人が、「バイオリンが足りないから入って!!」と、私を誘ってくれなかったら、私の人生は全く違うものになったはずだ。
偶然に敬意を払い、自分に出来る限りの努力をしよう。これからも、素敵な感動を、出来るだけ多く感じていけるように。
散歩
私の趣味の一つは「散歩」である。散歩といっても、近所をちょっとぶらぶら歩く…といった類のものではない。家から片道5~10Km程度の場所まで、方向のみ(家から見てだいたい東の方…のようにアバウトに)決めて、あとはひたすら、気の向くままに歩き続ける。といったもの。
トレーニングをしているつもりはないし、運動のつもりは全くないから、ウォーキングでは決してないだろう。やはり「散歩」なのだ。
今日は、麻布十番のマンションから「南麻布」「白金」「広尾」「恵比寿」と歩き、恵比寿のatre内にある本屋に寄って、ついでに途中で六本木の本屋にも立ち寄って帰宅した。道を調べてから出かけた訳ではないから、たぶん回り道をしていると思うが、今までこんなことをしていても、道に迷うという経験はしたことがない。いや、出発時に行き先は決めてないのだから、「迷う」もなにもないのだが。
私は小学生の頃から、一般的な現代人より少しだけ学校までが遠かった。当時の足で30-40分掛って、毎日歩いた。中学校まではさらに遠くなり、45分程度掛けて歩いて通った(自転車が禁止だったのだ)
そんな生活が普通だった(高校までは約1時間の通学であったが、電車に乗っている時間は合計で20分程しかなかった/残りは歩いていたということになる)から、歩くという行為に、「疲れ」を感じることはない。雨が降っていれば、面倒に感じることはあっても、天気さえ良ければ、苦痛は一切感じない体になっているのだろう。
町を歩いていると、さまざまな光景が目に入る。結婚式を挙げ終わった新郎新婦が、招待した客人たちと一緒に記念写真を撮っている光景なんかも、今日は目にすることができた。写真を撮り終わった瞬間に、(慣れない衣装のためか、相当重心が前のめりになっていたのだろう…)新婦が前に転んだり、といったハプニングにもお目にかかった。かと思えば、喧嘩をしているカップルを見かけたりもするのだが。
以前より、連続して長く使える時間というものが減ってしまったから、毎週このような「散歩」をする、というわけにもいかなくなってしまったが、それでも月に1,2回は歩いているだろう。その度に、新しい発見がある。将来「東京に居続けるなら、このあたりに住みたいな」といった町も見つけたりする。
一見、何の生産性もない時間に思えるが、当人にとっては貴重な時間というものが存在すると私は考えている。そういった時間は、出来る限り削らず、自然に気が他に移るまでは続けるようにした方がいいように思う。その方が結果として、他のことの効率も上がるはずだ(おそらく精神衛生的な問題だ)
まあ、ついつい仕事などに結びつけて考えがちだが、歩くという行為自体素晴らしいものだ。次の休みには、ぜひ未だ通ったことのない道を探してみたらいかがだろうか。
マイペース
マイペースという言葉に対して私と違うとらえ方をしているな、と思うことが多々ある。
この「マイペース」という言葉を聞く機会の多くは「マイペースにがんばってね」とか「マイペースなのが長所です」とか「お前って本当にマイペースだよな」などではないだろうか。ここで使われている「マイペース」は、「その人特有の、無理のないペースで常に在る」という意味だと受け取れることが多いだろう。この場合、マイペースの中に「向上心」という言葉を見出すのは難しい。
話を「運動」に変えてみる。ジムなどにある、エアロバイクを例にとろう。
運動の慣れていない人が、エアロバイクをこぐと、ものの数分で息が上がる。そして、心拍数もすぐに上昇する。ただ、そんな人であっても、ある程度の負荷を感じるトレーニングを数週間ほど続けていけば、息が上がるまでの運動量に幅ができ、心拍数も上昇幅は下がってくるものだ。
ここで大切なのは「ある程度の負荷の掛る運動量」を続けることだ。そうでなければ、(日頃の運動不足は解消されたとしても、またそれによって一定の向上をすることはあっても)継続的な運動能力の向上は得られない。毎日2km程度走ってる人が、フルマラソンを完走(=走り切ることが)できるかというと、確実ではないだろう。
さて、ここで話をマイペースに戻す。
私が何が言いたいのか、もう分かってもらえたかもしれないが、「マイペースだって向上する」はずなのであると言いたいのだ。
マイペースを、「無理のない」というとらえ方をしている人が多いように感じるが、それではいつまでたっても現状維持にしかならない。仕事の効率を上げるにしても、何かのスキルを磨くにしても、自分にとってのペースを日々鍛練して向上させていくことが、「成長」なのだと私は思う。また、自ら望み「成長の幅を決める」ということは、人間にしか出来ない芸当である。
日々、仕事に追われていると、どうしても「その仕事を終わらすにはどうするか・・・」しか考えられない。ただ、それよりも「この仕事を期限どおりに終わらせる為には、自分はどの程度成長すればいいか」を考えることだって、できるはずだ。そして、そのように考えることで、仕事への取り組み方が変わってくる人も多いはずである。
自らに、成長を求める人は、マイペースを向上させることを考えたらどうかという提案をしたい。無理をするのとは違うのだ。徐々に、自らを「鍛錬」していくことを目指すのである。今こなしている、膨大とも感じる仕事量を、どのように自らを成長させることで「楽勝だ」と感じるようになれるかを考える。そして、それを目指して、日々精進していく。
少なくても、私はそのように仕事に取り組んでいきたい。仕事に追われている日々なんて、やってらんないとすら思う。仕事は、自らの成長の為の、もしくは人生をより豊かにするための手段に過ぎないと考えている。振り回されることなく、着実に歩を進める生き方を目指そうと、私はそう思う。
働くって何だろう
2008年10月1日は、私にとって社会人半年が経過した記念の日である。そんな日であるからこそ「働くこと」について考えてみたい。
誰もが聞いたことのあるだろう、有名な思想家であるパスカルの言葉に『一生のうち一番大切なことは、職業の選択である。ところで、それを決めるのは、偶然なのだ。』というものがある。
この2文から成り立つ文章の、前者に関しては、現代人の大半の人にとって、仕事というのが人選の大部分を占めることから、納得のいくものだろう。では、後半に関してはどうか。私にとっては、この後半の文章こそ、納得がいくものである。
就職活動というものがある。これは、現代人のほとんどの人が、経験することのはずだ。そして、その内の、ほとんどの人は「人生の選択」をしていると考え、必死に自分の希望に合った就職先を探す。
ただ、ここで考えたいことは、全ての企業を把握し、その中から自分が生きたい企業を決め、そこに就職する、ということは不可能だ、ということである。
自分の興味のある分野に絞ったのだとしても、それに類する、すべての企業を把握すること自体が不可能だ。「いや、私は本当に熱心に業界研究をしました」と感じたとしても、その業界の内、有名な企業のことしか知る機会がないだろう。上場していない企業の中にだって、魅力ある企業はあるのに、その企業を知ること自体、機会が少ない。もちろん、就職活動は、自分だけで内定がもらえるわけではないから、希望どおりに事が運ぶことも難しいいだろう。
そういった意味で、パスカルの言葉の「偶然なのだ」という点は、その通りだと思わずにはいられない。
仕事がどう頑張ったとしても、偶然の産物なのだだと考えれば、いい意味で諦めがつくだろう。「こういった仕事がしたかったのに…」とか「思ってたのと違うからやる気が出ない…」というようなことを、ボヤいても仕方がない。それで転職したとしても、結局は偶然で仕事は決まるのである。
もちろん、ある程度仕事をしてみて、他にやりたい!!という強い意志が持てるものがあるなら、転職することもいいかもしれない。また、仕事に入る以前に、自分のキャリアプランのようなものを考えているなら、「あぁ、偶然にしか決まらないのか」と考える必要はない。ただ、転職するにしてもしないにしても、今の仕事で得られるものは何だろうか、どうしたらそれが得れるだろうか、と考えることが大切なのだと、私は思っている。
仕事に対して、いい意味で諦めを持ち、現状をポジティブに捉え努力する。そうすれば、きっと仕事に対して「なんでこんなこと…」と考えることも減るように思う。私は、仕事に対しての「いい意味での諦め」の大切さを、パスカルの言葉から感じたりする。
匂いの記憶
有名な少女マンガであるNANAの、初期のころの巻に「匂いの記憶」のようなことが書いてあったと記憶している。
深みのあるマンガで、薦められるままにみたのだが、一読し人気が出るのもうなづけた。ただし、私は男性であるし、残念ながらNANA信者でもない。なので、詳細な記述は覚えていないが、匂いの記憶はなかなか消えないものだ、という意味のことが書いてあったことだけは記憶している。
おそらくは、恋愛に関すること、それも、終わってしまった恋愛に関する記述であったのだろう。かくゆう私も、道すがらすれ違った女性のつけていた香水に、ふと昔の恋愛を思い出してしまうことも、一度ならずして経験している。匂いの記憶とは、大抵の場合、思い出深い人のことを、切ない気持で思いと一緒になって蘇ってくるものなのかもしれない。
ただし、匂いは人だけからするものでは決してない。自然界にも、記憶に残る匂いは多く存在するように、私は思う。
それは私にとっては、秋の彼岸に薫るキンモクセイと、ラベンダーの香りだったりする。前者のキンモクセイには、気がついた時には惚れていた、と言う表現がふさわしいかもしれない。その香りに、毎年意識せず気が付くのであるが、その「毎年」がいつから始まったのか、私は覚えていない。ただ、「毎年」その甘く強い香りに気がつく度、はっとしつつも、少し切ない気持ちが蘇る。その気持ちが、いつの思い出から来ているのかは分からないが、匂いから、思いが呼び出されるという点では、少女マンガの中で扱われている内容と、類似する部分があろう。
一方、ラベンダーの香りは、最近覚えた香りである。アイロンがけの際、スチームの代わりに用いるリネンウォーターをスプレーして使っているのだが、その香りがラベンダーなのだ。それだけのことである。ただ、これも使い始めたのが、今年の夏からで、既に若干の切ない気持を呼び出す効果を果たしている。今年の夏を総じた印象を呼び起こすのかもしれない。
そう思ってから、ふと、毎年毎年に匂いをつけておくというのも、また面白い発想かもしれないなと考えるに至った。
匂いが、言葉などよりも深く記憶に残るのであれば、一年一年に代表する匂いを自分で決め記憶しておけば、その年の記憶をたどることが出来るかもしれない。そして、何年も経てば、増えた匂いの数だけ、自分の感情が増えていることになる。微妙な色彩感を帯びた、感情豊かな人間になる、一つの方法になるかもしれない。
今日はそんなことを考えた。