2009 年 3 月 4 日

最低でも1.5倍

カテゴリー: エッセイ, ニュースの考察 — shamdiary @ 2:20 AM

ホワイトデーのお返しに期待する額は、義理でも1.5倍。

そんなアンケート結果がNIKKEI NETに上がっていた。男性から女性へのお返しというこのイベントは、「男性が」見栄を張る場所であったとしても、それを女性が期待するのには、多少抵抗がある。そもそも、勝手に配った訳だから、お返しがもらえなくてもいいと思っていて欲しい。そうしたうえで、万が一、男性から本当にお返しがないのであれば、その時は怒って然るべきだが。。ただしそれは、その男性の「男気の無さ」に対してであるべきだろう。

男性というものは、「見栄」と多少の「下心」の大きさに乗じて、懐具合が変わるものだから、それを義務化してはいけない。「絶対返してくれる」と信じている恋人よりも、片思いだった女性からもらった義理チョコへの方が、払える金額の上限が高くなりがちなのだ。もちろん、実際には世の中の常識に縛られ「義理なのだから、そこまで高級なものはお返しすべきでない」という理性で踏みとどまっているに過ぎない。高いものをあげて、本当にそれが喜んでもらえるのであれば、かなりの額を払う輩がおそらく多いのではないだろうか。得てして男とはそういう生き物だと、私は思う。

 

さて、偏った一般論はこのあたりにして、己の身におきている事でも考えるとしよう。

社内で慣例的にもらったものを除くと、個別で義理チョコをくれた女性は会社2人、。オケでも2人。会社の2人は、私のマンションで飲み会をした際、彼女たちが寝ている間に手作り菓子を作ったことがあり、そのお礼だろう。オケは、純粋に全員に手作りのクッキーを配っていた女性と、合宿の帰り道が一緒になった女性から、全員用と思って買っていたお菓子の余り物受け取った(さて、これはカウントすべきか迷うところだが)

今週の土曜日しか買物の時間を取れそうにない。だとすれば、生モノ系の(プリンをはじめとする)スイーツを買うという手段は使えない。仮に菓子類とすれば、日程的にも問題がないのは、焼き菓子かチョコレートの類となる。これだと何の捻りもない。。

人数が少ないので、個別の趣味などに合わせて物を変えるのもありかもしれない。会社の2人なら、合わせる自信はある。オケは、知り合って間もないので、難しいが、楽器の特性やら会話から聞き取れたことから絞り込んでいくことも可能かもしれない。

久々にちゃんとした買い物にいこうか。

2009 年 3 月 3 日

クラシック音楽

カテゴリー: エッセイ — shamdiary @ 2:03 AM

学生の頃、半年間という短い期間ではあったけれど、少し真面目に音楽について考えた時があった。大学4年の後期。所属ゼミの最後のプレゼン発表の題材がクラシック音楽だったのだ。

対象の選定と、市場規模の特定。歴史的変遷と最近の動向。プロの音楽家として活動しているプロオケの団員と、音大の教授へのインタビュー。ビジネスという分野で、クラシック音楽を扱っているレコード業界の方へのインタビューも行った。業界特有の問題点への指摘もあったが、どちらかというと、よくできた業界である。特に、クリエイティブ産業と呼ばれる分野における、クラシック音楽業界を眺めた場合、他の産業よりはるかに完成度の高い、勝ちパターンをいくつも持っている。

ひとつは歴史。明治のころ、文明開化という風潮の下で、「音楽取調掛」なんていう、へんてこりんな名前の機関が設立され、「西欧に文化的に遅れをとってはいかん!!」なんて感じで、今の初等教育における音楽教育の原型が作られました。たぶん、海外でオーケストラを聴いたんじゃないかなぁって思います。雅楽の美しさは、好きですが、迫力という意味では、オーケストラの方が「分かりやすい」。そこに、西欧の力強さの片りんのようなものを感じ取った気になり、取り入れようと思ったのかもしれません。まぁ、そういう個人の心情的なところは推測するしかありませんが、この「音楽取調掛」は、現在の東京芸大の前身であり、当時編集された歌集には、今でも有名な蛍の光などが含まれていたというのは事実。ちなみに、この歌曲(唱歌)集では、日の歌より、海外の曲に日本の歌詞を付したものの方が多く現在に伝わっているようですね。前述の蛍の光然り、蝶々なんかもスコットランドやスペインの民謡です。これが大体明治20年より前の話です。

このころは、あくまでトップダウンの音楽教育だったわけですが、意識として「西洋のハイカルチャーな存在」という印象はあったかもしれませんね。このあと、N響の前身を、かの有名な山田耕作先生が設立したり、国際コンクールで日本人が上位に入ったり、今から50年ちょい前にはヤマハが音楽教室を開き、子供の習い事の定番にピアノが入ってくるわけです。

後から、取り入れたクラシック音楽という分野を、はじめはトップダウンで推進し、国民のリテラシーを高めつつ、権威づけの出来る組織も確立(NHKがまさにそうだと思います)します。そして、個人単位でも楽しめる場と、世界的に活躍している姿が、テレビでも見れるようになってきます。

 

こう書くと、「なんだ運がよかったのか…」と言われそうですが。。

長くなりそうなので、今日はこの辺で。

この続きはまた今度にします。

2009 年 1 月 13 日

本を読むこと

カテゴリー: エッセイ, 日記 — shamdiary @ 1:31 AM

私には自分というものがないのだろうか。

読んでいる本の文体が、自分思考に使われる言葉となり、人の意見が自分の意見にすり変わる。それは無意識の中で行われ、自分が元々はどういう思考をする人だったのか、もう思い出せない。

このことについて、少し考え始めると、思い出す言葉がある。「あの人は影響受けやすいからなぁ」という後輩の言葉だ。

就職活動期、学年を問わず参加できるインターンで知り合った、その後輩。大学やキャンパスまで同じだったから、少し話すくらいの仲にはなった。ただ、逆を言えば、それだけの仲だ。そんな後輩から、言われた一言。もちろん、直接ではなく他の後輩からのまた聞きだが。

少し知り合っただけの人にすら、そのことが伝わる。それくらい、私は自分が薄いのか。

 

そんなことがあっても、本を読むことを続けてた。たとえ、それがバイアスになるだけだとしても。私はそれをやめなかった。年間50~100冊近く、小説からエッセイ、ビジネス書、哲学系、技術系、学術系。ジャンルを問わず。

そうやって2年が経った。

今は、変われることが自分の強さだと思う。言葉を受け入れ、考え、それを身とし、変容を繰り返す。それはきっと、私が成長を止めるまで続く、長い長い道、のはず。

気づけば今年が始まって、もうすぐ半月。これを24回繰り返せば、また一年が過ぎる。5回繰り返すだけで、社会人の2年目が始まる。振り返り時なのかもしれないなと、ふと思った。読んだ本でもまとめてみるかな。

2009 年 1 月 4 日

2008年の終わりと2009年の始まり

カテゴリー: エッセイ, 月を振り返る — shamdiary @ 1:31 AM

2008年最後の日になったとき、この記事書き始めた。
京都清水寺発表される漢字じゃないけれど、2008年は一年を通して『変』の年だったと思う。
海外旅行、卒業、一人暮らし、別れ、社会人、株、組織改変、4年ぶり!!の独り身クリスマス 笑
去年は想像でしかなかったものが、今年一年で実現された。

私にとって、『自分』とは「芯と環境」で出来あがってると思う。いいことも、良くないことも、起きた出来事(≒環境)、どちらも自身の身になってるはず。そうやって、自分の芯(本質)が少しずつ太くなっていくのだと私は思う。

今年一年で経験した、全部のことが、少しずつ私を強く大きくしていると信じたい。

2009年は、変わるきっかけを得た自分(=2008年までの自分)を、ちゃんと『変化』させたいと思う。言い方を変えれば、2008年は「環境の方が」変わってくれた。だから2009年は「自分を」変えていきたいということ。

誠実さ、思いやり、冷静さ、熱情、先見。
以上が2009年のテーマ達。

人との関係を大切に。そして自分の事も大切にする。それは思いやりであり、誠実さだと私は思う。自分を顧みない思いやりは、結局誰のためにもならない。

2008年も挑戦してきた(つもりの)冷静さも継続。表面はクールに在りたい。そして、心は熱く。仕事も芸術も同じ。

そして先見。今ではなく、先のことを考える人で在りたい。それは、きっと今を大切にすることに繋がると思うけれど。

 

具体的な目標は。。

仕事:実力を認めてもらうこと
開発言語を貧欲に学ぶ
他企業でも通じるレベルの開発力を身につける
社外の勉強会にも参加する
社外の人(同世代のコンパではなくて、自分より上の世代か、自分には持ってない技術や考え方を持ってる人)と知り合う

音楽:ベートーベンの交響曲六番、ロマンスへ長調、チャイコフスキーのロメオとジュリエットを、6月のコンサートまでに弾けるようにする
月1を目安にコンサート聴きに行く
レッスンの先生を見つける
オケにもう一つくらい所属する

美術:西洋美術史を学び直す(秋に検定受ける)、好きなアーティスト見つける
(今まで、この人の世界感いいなぁ。。と思っても、名前とかあんま見てなかったり忘れたり。。本当にもったいないなと。。)

スポーツ:スキューバ始める、マラソン参加する、週2以上走る

趣味:旅行3ヶ月に一回以上、お絵かき(フォトレタッチとデッサン、マインドマップ)、革・ワイヤーアート他製作活動

読書:週一冊、人に紹介出来る本を探す
2009年も色んなことがあるはず。あるがまま受け入れていきたい。これまで積み上げて来た功罪も、新しい出来事や出会いも。
そうやって生きていれば、毎日に情熱と輝きが保てるんじゃないかなって私は思う。

今年も一年間よろしくお願いします。

2008 年 12 月 24 日

GoodByeMyLover

カテゴリー: エッセイ — shamdiary @ 12:27 AM

ここ数日悩んでたもやもやも、もう止めにする。

ここ数年患ってた気持も、今年のクリスマスで、本当に最後。

そろそろ新しい居場所を作らないといけない。

一時的に逃げ場所じゃなくて。帰れる場所を作らないといけない。

 

GoodByeMyLover

James Blunt の、あからさまに人の涙を誘ってくる一曲。ここ数か月、ずっと聞きながら、泣きそうになる自分を抑えた。それなら聞かなければいいのに。。

GoodByeMyLover.

GoodByeFriends.

You have been one.

You have been one for me..

そういう価値観を認めてほしかったという点に関して、共感できることが多く、支えになってくれた曲。

Remenber me.

自分がどうなったって構わないなんて、そんな綺麗ごとは、私には言えない。だけど、あの人が幸せでいてくれるなら、救われた気がする。それは、たぶん心からそう思ってる。だから、この詩の結論と私の結論は違うのかな。。

 

これまでの23年の中で、あの一時だけが美しい時間。だけど、それ基準にした生き方も、あの一時を偲ぶのも、もう止めにしよう。これから作るんだ。あの時と比べられないような、そういう時間を。あの一時は、私の中で昇華して、身にしていけばいい。

 

大丈夫だと言い切るには、あと少しだけ時間が要るけれど。でも、たぶんもう大丈夫。

GoodByeMyLover..

MerryCheristmas!!

2008 年 11 月 4 日

自分について

カテゴリー: エッセイ — shamdiary @ 12:27 AM

少し、気持ちが落ち込んでいる日が続いた。冬の気配が感じられるからかもしれない。あるいは、もっとほかの理由かもしれないけれど。本を読んだ。読みながら涙した。23にもなって…いい大人と呼べる歳ではなくても、子供ではあるまいに。我ながら、まったくと呆れてしまう。

こういう気持の日は、たいてい何もせず一日を浪費して、夕方くらいになって後悔する。もっと生産的なことができただろうに…せめて平日には出来ないことをやってみるとか。それが、本を読み、音楽を聴いて、一日が終わる。遠出したとしても、冬服を探しに銀座(地下鉄で5,6駅)に出たりするくらい。あとは日用品を揃えたりだとか。平日には出来ないことをするのではなくて、時間がなくて出来てなかったことを埋め合わせているだけ。マイナスを0に戻すだけ。

この連休は、ある人に連絡をとろうかと、幾度となく迷った。メールなんて送ってしまえば、それですむのに整理がつかず…いや単に送るのが怖くて出来ずじまい。2日間を掛けても、アドレスをセットすることも出来なかった。頭の中では、何度も文面の校正をしているのに。そして、代わりの相手を探している自分に気づき、辟易して携帯を閉じた。「代わりの相手」に失礼極まりない。

そしてまた本に戻り、読み終えてしまった。次の本を買わなければ…そう思って近くの本屋まで出かける。低迷する経済に関する最近出た本と小説を一冊ずつ買った。これで一週間は持つだろうか。

11月3日はいくつかのイベントが終わる日だった。終わる前に足を運ぶはずだったイベント。美術館の企画展、内容を把握できてないけれど、足を運ぼうと思っていたイベントもあった。それも、本を相手にしているうちに、時間が過ぎ、気づけば終わっていた。

そうやって、感傷に浸りながら過ごそうと、明日から日常は戻ってくる。切り替えなければ…多くの人が知っている私に戻さなければ。そんなに力む必要はないだろう。今までだって、すぐに切り替えれてきたのだから。明日になれば、きっと大丈夫。

2008 年 10 月 29 日

あなたと

カテゴリー: エッセイ — shamdiary @ 2:13 AM

絢香×コブクロの割と新しい曲ですね。最近聞く機会がありました。

うん、いい曲。久々に邦楽をしっかり聞いたけど、この曲はいいですね。

 

最近は「歌」から離れていたけれど、もっといろんな世界に触れたいなって思うようになりました。

そんな一日。

2008 年 10 月 26 日

浮気性

カテゴリー: エッセイ — shamdiary @ 1:49 AM

どうやら私は何か一つのことに打ち込むことが苦手な質らしい。

ピアノにギター、バイオリンやチェロやコントラバス、横笛にハーモニカ。。楽器だけでもこれだけかじってる。(バイオリン以外は、どれも中途半端だし、人前で弾ける腕ではないけれど。。)スポーツだって、ソフトボールにバスケ、バレーにテニスといった球技から、器械体操まで幅広くやってきた。見た目は運動が出来なさそうらしいが、平均よりはだいぶ運動神経がいい方だと思っている。

勉強も、近代美術や哲学、言語学、ベンチャービジネス、著作権法から動物園、クラシック音楽産業のビジネスモデル分析などなど。。何を学んできたの?っていう質問が一番困ってしまう。どれも、かなり打ち込んだから、それなりに語ることは出来るけれど、突き詰められてないのは事実だから。

 

社会人になって、何か一つの特技が欲しいと思ってた。でも、それは自分らしくないらしい。一つのことに打ち込むのは、やっぱり苦手だ。

だから、その分、バランス感覚の優れた人になろう。それが、唯一自分の長所なのだから。

2008 年 10 月 25 日

眼精疲労

カテゴリー: エッセイ, 日記 — shamdiary @ 12:51 AM

先週よりはだいぶマシになったものの…相変わらずひどい眼精疲労に悩まされています。医者からすれば、「目を休めてください」としか言えないのだろうけども…PCに向かうのが仕事のようなものだから如何せんしがたい…

唯一の救いは、仕事の量が増えてないということ。期限が設定されているものに関しては、刻一刻とデッドラインが迫ってきているのだけれども、絶対量が増えてないだけ、かなりマシ。

いつの間にか発生してる共通対応なども、もちろんあるけれど、全体の仕事量から考えたらそんなに大したことないから、本当に助かっている。(来週に昇級プレゼンとかも入ったのでちょっと重いけれども…)なんとか、仕上げて早く休みを取りたいと切に思う(休みたいというよりも、挑戦したいこととじっくり学びたいことがあるのだ)

まあ、そんなこんなで平日が終わり、土日となるのですが、今回の土日はおそらく出社…しないと、たぶん他の人にも影響が本格的に出てきてしまう。。それだけは避けたい。

 

さて、来週は眼精疲労と戦うプログラマーから脱却できるのか。。

2008 年 10 月 24 日

悔恨

カテゴリー: エッセイ — shamdiary @ 2:05 AM

大辞泉 国語辞書 かい‐こん【悔恨】

 [名](スル)過ちを後悔して残念に思うこと。

 

過ちかは分からないが、最近の仕事の出来なさを考えている時、ふとこの言葉が浮かんだ。意味的に間違っていないだろうかと、即座にGoogle検索。単一キーワードで検索したのに、一番上に辞書的意味が出ていてちょっと得した気分だった。

そして2番目には、何故か個人のHP・・・(そこには、見知らぬ男の「悔恨」が書かれていた。。書かれている内容に、私も、全く心当たりがないわけじゃないのだが。。それにしても、なぜ2位を…

 

仕事が進まない原因は、オブジェクト指向のプログラミングに対する勉強不足とはっきりしているのだが、解決の糸口が見つからない・・・決してさぼっている訳ではない(ほぼ毎日、その為に時間をとって勉強をしている。そして目の調子さえ良ければ23時ていどまでは残業して取り組んでいる)が、根本的に知識不足なのだ。

私は、今の職場で骨をうずめるつもりは全くない(製品の対象市場が私の構想と逆にある/この職場を選んだのは、自己成長にふさわしい環境が整っていると感じたからだ)が、プログラミングは生涯携わっていきたいと思っている。言語が変わっても、対応できるくらいに、基礎力を身につけたいと思っている。製品に対する、取り組み方や、工数管理、マネジメントや協働、ユーザービリティなど、自ら考え試して身につけていきたいと切に思う。

だから、こんな所で立ち止まるわけにはいかない。悔しい思いをするのは、悪くはないと思うが、それを熱量に変えられなきゃ意味がない。過ちをして、後悔するところまでは、みな往々にして同じだろうが、そこからどう動くかは人それぞれの選択。私は、自分の理想に、負けたくない。

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