2009年3月28日~29日にかけて、六本木一帯で六本木アートナイトというイベントがあった。家が近いので、のぞきに行った。
まず、自宅からミッドタウンへ。ミッドタウンの手前には、いくつかのボックスが設置され、中にアート作品が展示されていた。近くでパンフレットのようなものを配っていたので、貰う。どうやら、六本木一帯の複数箇所に、同じようなボックスが設置されていて、全部を見て、クイズに答えることで景品がもらえるという、参加型のイベントに用いられているらしい。
とりあえず、あまり考えずに見て回りたかったので、問題は意識せず、作品を鑑賞。絵画ではフォービズム、キュビズムあたりの絵画が好きですが、デュシャンなども好き(というか、いいと思う)ので、現代アートには抵抗がない。十分楽しめそうな予感♪
さて、ミッドタウンの次は新国立美術館前へ移動。時刻は5時半過ぎだったと思います。なんかいつもと様子が違う!!普段ならもう閉館時刻だよ!?まぁ、お祭りみたいなもんだから、今日は長めにやってるのかも・・・そう思って、ここでも設置されてるボックスの中身を鑑賞。美術館の中はとりあえず入らず、通過。途中で白い風船を持った集団に出くわず。なんじゃこいつら!?
さて、新国美から六本木ヒルズへ。六本木ヒルズのクモがいる広場は、いつも以上に人がすごかった・・・ほんと、みんなお祭り好きだなぁと思いながら、ここでも設置されてるボックスと、あと他の作品群も鑑賞。その後、けやき坂の方へ…そして、けやき坂まで下りようと思った時に、大きなロボットを発見。ああ、こいつはホームページで見たことある!!トラやんっていうのか、でけぇな…と思う。
ロボットの下では、ホルンやら、クラリネットやらスネアやらを持ったお兄ちゃん、お姉ちゃん達がパフォーマンスを繰り広げていた。チャンチキトルネエドというらしい。素晴らしいパフォーマー達であった。見てる人から、自然に拍手が溢れるような、そんな場面を久々に見た。これも、音楽の素晴らしさというものだろう。
そんなトルネエドを過ぎた後、とりあえずおなかがすいたので、麻布十番のウェンディーズに帰還(しょっちゅうここで飯を食うため、ホームグラウンド的な存在なのです)
そこで、ミッドタウンでもらったパンフレットを隅々まで読んでみる。白い風船は、1000人が参加するような、ビックイベントのものらしい。1000人が光る風船を持って、六本木を歩き、最終的にその風船群はアート作品となるのである。参加したかったと悔やまれた…
また、新国美が22時まで開館していることが分かった。時刻は19時半。よっしゃ、とりあえず目黒前から欲しかったコルクボード買って、それから新国美行こう。そう思い即実行。
新国美では、ルーブルの展示と、アーティストファイル2009という企画展がやっていたので、どちらもじっくり鑑賞。ルーブルの方は、リアルミイラが展示。たぶん、初ミイラな気がする…自然と鳥肌が立った。恐ろしいとか、気持ち悪いとかではなくて、はるか昔から、存在しているものを見た率直な感想が、鳥肌となって表れたという感じだった。
いろいろ見て、いろいろ刺激をもらった一日。六本木すごいなと感じた一日だった。
箱とロボットと竜巻とミイラとか
財源特例法、可決されたんですね
私にゃ不景気っていう実感は全然ないけれども、世間一般はそうでもないんでしょう。まぁ、この特例法が、不景気故の法律かっていうと、それだけじゃないはずですが。。
結局国のお金、つまりは国民の税金を使ってるんだから、個人じゃなくて国がもっとうまく使ってくれた方が、景気の為にはいいんだろうと思うわけさ。一人1万2000円程度のお金を配るより、まとまった2兆の方がね。多額とは言えないまでも、それくらいありゃなんかできるんじゃね?と思うわけだ。国か自治体の施設で、これからも維持に金が掛りそうだけど、解体するにも金がねえっていうのを壊しとくとかね。10~20は壊せるっしょ。そしたら、年間の維持コストで100億くらいは浮いたりしないっすかね(そこの土地代を民間から貰うのも含めて)
とりあえず、1万2000円でなにすりゃいいのか分からん。飲み行ったら、なくなっちまう額だしな。(会社で赤坂辺りに焼肉行ったら、ちょうど1万2000円くらいだ。軽く飲んでも7、8000円くらい。2次会したら1万超えそう。2日はいけねぇな 笑)
だから、一般論か知らんが、こんなんしてもご機嫌とりにゃならんから、それだったら、もっと断固とした政策してみてほしいところだね。意義のあることしてください。
とりあえず、日本は福祉国家を目指すのか、ベンチャースピリット溢れる国を目指すのかの方向を示してほしいところですね。両立するんなら、それでもいいけど、今は全部中途半端ですから。
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金融機関で運用していたMyMoneyが一時期の3分の1にまで落ち込んでいるっぽい。まぁ捨て金だから、面白おかしく放置するつもり。よりにもよって、インドとロシアだからな。金額が上がったとしても、一時期を超えるとは思えないしね。まぁ、やっぱり放置ですね。バブルだったんだなぁと。
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こんな時期にバイオリンを買おうとしたり、ワインにはまったり、月に書籍代で2万とか掛けちゃう自分は、相も変わらずバブルなんだろう・・・と最近思います。いつかはじけてしまうのかもね 苦笑
最低でも1.5倍
ホワイトデーのお返しに期待する額は、義理でも1.5倍。
そんなアンケート結果がNIKKEI NETに上がっていた。男性から女性へのお返しというこのイベントは、「男性が」見栄を張る場所であったとしても、それを女性が期待するのには、多少抵抗がある。そもそも、勝手に配った訳だから、お返しがもらえなくてもいいと思っていて欲しい。そうしたうえで、万が一、男性から本当にお返しがないのであれば、その時は怒って然るべきだが。。ただしそれは、その男性の「男気の無さ」に対してであるべきだろう。
男性というものは、「見栄」と多少の「下心」の大きさに乗じて、懐具合が変わるものだから、それを義務化してはいけない。「絶対返してくれる」と信じている恋人よりも、片思いだった女性からもらった義理チョコへの方が、払える金額の上限が高くなりがちなのだ。もちろん、実際には世の中の常識に縛られ「義理なのだから、そこまで高級なものはお返しすべきでない」という理性で踏みとどまっているに過ぎない。高いものをあげて、本当にそれが喜んでもらえるのであれば、かなりの額を払う輩がおそらく多いのではないだろうか。得てして男とはそういう生き物だと、私は思う。
さて、偏った一般論はこのあたりにして、己の身におきている事でも考えるとしよう。
社内で慣例的にもらったものを除くと、個別で義理チョコをくれた女性は会社2人、。オケでも2人。会社の2人は、私のマンションで飲み会をした際、彼女たちが寝ている間に手作り菓子を作ったことがあり、そのお礼だろう。オケは、純粋に全員に手作りのクッキーを配っていた女性と、合宿の帰り道が一緒になった女性から、全員用と思って買っていたお菓子の余り物受け取った(さて、これはカウントすべきか迷うところだが)
今週の土曜日しか買物の時間を取れそうにない。だとすれば、生モノ系の(プリンをはじめとする)スイーツを買うという手段は使えない。仮に菓子類とすれば、日程的にも問題がないのは、焼き菓子かチョコレートの類となる。これだと何の捻りもない。。
人数が少ないので、個別の趣味などに合わせて物を変えるのもありかもしれない。会社の2人なら、合わせる自信はある。オケは、知り合って間もないので、難しいが、楽器の特性やら会話から聞き取れたことから絞り込んでいくことも可能かもしれない。
久々にちゃんとした買い物にいこうか。
クラシック音楽
学生の頃、半年間という短い期間ではあったけれど、少し真面目に音楽について考えた時があった。大学4年の後期。所属ゼミの最後のプレゼン発表の題材がクラシック音楽だったのだ。
対象の選定と、市場規模の特定。歴史的変遷と最近の動向。プロの音楽家として活動しているプロオケの団員と、音大の教授へのインタビュー。ビジネスという分野で、クラシック音楽を扱っているレコード業界の方へのインタビューも行った。業界特有の問題点への指摘もあったが、どちらかというと、よくできた業界である。特に、クリエイティブ産業と呼ばれる分野における、クラシック音楽業界を眺めた場合、他の産業よりはるかに完成度の高い、勝ちパターンをいくつも持っている。
ひとつは歴史。明治のころ、文明開化という風潮の下で、「音楽取調掛」なんていう、へんてこりんな名前の機関が設立され、「西欧に文化的に遅れをとってはいかん!!」なんて感じで、今の初等教育における音楽教育の原型が作られました。たぶん、海外でオーケストラを聴いたんじゃないかなぁって思います。雅楽の美しさは、好きですが、迫力という意味では、オーケストラの方が「分かりやすい」。そこに、西欧の力強さの片りんのようなものを感じ取った気になり、取り入れようと思ったのかもしれません。まぁ、そういう個人の心情的なところは推測するしかありませんが、この「音楽取調掛」は、現在の東京芸大の前身であり、当時編集された歌集には、今でも有名な蛍の光などが含まれていたというのは事実。ちなみに、この歌曲(唱歌)集では、日の歌より、海外の曲に日本の歌詞を付したものの方が多く現在に伝わっているようですね。前述の蛍の光然り、蝶々なんかもスコットランドやスペインの民謡です。これが大体明治20年より前の話です。
このころは、あくまでトップダウンの音楽教育だったわけですが、意識として「西洋のハイカルチャーな存在」という印象はあったかもしれませんね。このあと、N響の前身を、かの有名な山田耕作先生が設立したり、国際コンクールで日本人が上位に入ったり、今から50年ちょい前にはヤマハが音楽教室を開き、子供の習い事の定番にピアノが入ってくるわけです。
後から、取り入れたクラシック音楽という分野を、はじめはトップダウンで推進し、国民のリテラシーを高めつつ、権威づけの出来る組織も確立(NHKがまさにそうだと思います)します。そして、個人単位でも楽しめる場と、世界的に活躍している姿が、テレビでも見れるようになってきます。
こう書くと、「なんだ運がよかったのか…」と言われそうですが。。
長くなりそうなので、今日はこの辺で。
この続きはまた今度にします。
2月のまとめ
2009年の2月も終わってしまった。2月は短い月だとは言っても、これほどまでに月が変わるとは思っていなかったので、正直戸惑いすら感じている。後ひと月たったら、新卒の新入社員が入ってくるのだ。まあ、それはそれ。自分は自分で出来ることをしていくしかないのだが。
今月、ワインに興味を持った。ドラマにもなっている「神の雫」というコミックを2月の2、3週辺りで揃えてしまったのが始まりだった。酒にめっぽう弱い体質の私が、興味を持ったとしても、限度はあるのだが…
何にせよ、とりあえず入門書としてはこういうコミックの存在はありがたい。のだめカンタービレ(クラシック音楽)然り、もやしもん(菌類と酒造)然りである。
今月で知ったことと言えば、ワインは奥が深いなぁ。。ということと、ワインを楽しむためには、いろいろ準備がいるな…ということだ。当たり前のことだが、ワインのコルクを抜くためのものや、その前にキャップシールを切るためのナイフも必要だろう。後、一本丸々飲めてしまう人はいいが、たいていの人が独りで飲むためには、コルクの代わりになるキャップが必要じゃないだろうか。そして、欲を言えばセラーも必要ということになる。
そういう準備が必要だということも含め、ワインは興味深い世界だと思った。これから、勉強しつつ、楽しんでいけるようになりたい。
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今月の読書量はあまり多くない。というよりも、マンガばかりになってしまったような気もする。上に書いた「神の雫」を19巻。それに加えて、「わが闘争」「君主論」「カラマーゾフの兄弟」「戦争と平和」「資本論」「ツァラトゥストラかく語りき」のマンガ版を読んだ。普段の月の読書時間はほとんどそのようなマンガ類に費やされたので、3月はもう少し読書の時間を確立させていこうと思う。
仕事面はどうかというと、ひとつ仕事をやりきった。自分から提案した、担当システムのビデオマニュアル化である。コンサル側にも見せ、ユーザーへの配布の許可を得るまでこぎつけた。3月からは、担当が変わってしまうが、きっと次の担当者にもプラスになる仕事ができたと思っている。
4回しかない土日のうち、1回がオーケストラの合宿で丸々つぶれているので、実質3回の連休。ただし、日曜日はオーケストラの練習でつぶれる。美術館に行く時間もとるのが難しく、結局最後の28日になって、ルーブルに行っただけとなった。間近でプロのオペラ歌手の歌声を聞けたので、コンサートには出かけられなかったが、そちらはOKとしたい。
3月はどういう月にしようか。。
とりあえず、仕事が忙しくなりそうだ。新人の中で唯一の「新規」開発の配属。独りで一つのシステムを一から作り上げることになりそうだ。まだ触り程度しかやってないJAVAも使わないといけないだろう。精一杯、完成だと胸を張って言えるように、取り組んでいこうと思っている。
6月に日経ビジネスオンラインのメールマガジンに、学生時代の論文の内容が掲載されることになったようで、その為の執筆(?)もしなければならない。それも3月中に仕上げることになっている。
オーケストラも、そろそろ本番を意識した練習が必要になる。そして、おそらく、今月に新しいバイオリンを購入する。
楽しみである、ワインと音楽と芸術以外は生活は、もう少し慎ましくしようと思う。最近、背中の贅肉が気になる、ということもある。やはり、運動は続けなければいけないだろう。
論文の執筆もあるので、読書の時間がどれだけとれるのかは分からないが、とりあえず、3月は名著を読むようにしようと思う。今考えているのは「帝国主義論」。学生時代の友人から誘われている勉強会の2月の題材であったが、私は読み切ることが出来なかった。今月でなんとか読み、内容を消化したいと思っている。
さて、3月中に、2008年4月からの一年を振り返らねばならないだろう。一年の締めくくりは12月におこなったが、どういった点が成長出来て、何をしって、今後何を求めていくのかという、具体的な方針は書いていない気がする。それを今月の課題としようと思う。
ありきたりだが、とにかく充実したいい月にしようとは、毎月のことながら思う。
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2009年2月の読書記録
『オーケストラの経営学』大木佑子
『ハバナ・モード すべての男は消耗品である。Vol8』村上龍
『StorySeller』新潮社ストーリーセラー編集部編
計3冊。
家にやってきたリベラリストとリアリスト
2月28日の夜。独り暮らしのマンションに高校時代の友人5人がやってきた。
昼過ぎに今日の飲み会が自分のマンションで開くことになったと連絡がきた。
「そんなバカな!?」
正直そう思った。友人5人はお台場ジョイポリスで遊んでいるらしく、テンションがおかしいのか・・・が、まぁいいだろう。とりあえず大人な対応をしてみる…
「笑 何人来るの?」と返信。これが私の大人な対応の精一杯なところだ。
そんな調子で不可避の決定事項となり、友人たちは夜6時過ぎに麻布十番駅に着いた。酒は友人たちが買ってくれていたので、我がマンションに向かう途中にあるドミノピザによって、狭い拙宅に押し込んだ。
騒ぐは酒こぼすわ寝るわで、なかなか手ごわい客人である。全員がそろったのが7時過ぎくらいで、気づけば11時半になっていた。。時間を忘れてたくらいだから、私も楽しんでいたということなのだろう。
日本の3大商社の一つに内定が決まっているK大法学部の男性と、出版業界を目指すW大法学部の女性の討論は、アカデミックな世界から遠のいていた私の脳ミソを大いに刺激した。男性がリアリストで、女性がリベラリスト。テーマは「国際支援の在り方について」を中心とした、非常に高尚な話であった。W大は「メディアと教育で人々を変えていかないといけない!!」と主張し、K大が「それはナチスだよ」と批判する。
私はといえば、「お前ら、どうでもいいが、声がでかい!!」と私は心の中で精いっぱい叫ぶくらいしか出来ない。
そんな彼らは、私のかけがいのない友人たちである。彼らがいるから、私は無茶が出来るし、人としての道を外れずに済んでいる。たとえ「やっぱり自尊心が高いね」と言われたり「一回ぽっきり折れてしまえばいいのに」とか言われても…だ。
うちに来たメンバーは、来月には全員が社会人になっている。私は一年間、地に足がついてない状態で社会人生活を送っていた間、彼らはピースボートに乗って世界中を旅したり(W大女)、ヨーロッパに一人旅に行ったり(K大男)私には出来ない貴重な体験をしている。
世界観が違うからこそ、これからも一緒に歩んでいきたい友だと思える。彼らを生涯の友だと思いたいし、彼らの生涯の友でありたいと思い、その為の努力もしていこう・・・そんなことを考えた、素敵な一夜であった。
LOUVRE
ルーブル美術館展―17世紀ヨーロッパ絵画―@国立西洋美術館(上野)
2009年2月28日~6月14日
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月一回の美術館めぐりの2月は、ルーブル美術館展@上野 国立西洋美術館
初日だったので人混みが・・・学生の頃みたく、平日の昼間にゆっくり回れたら、幸せだったろう。。と思いつつ、短時間で回る。
どこかで見たことのある(見たような気がする)絵もあったけれど、全般初見。いいなと思える絵はいくつもあったのですが、最後の方に展示されてたミシェル・コルネイユ(子)の『天国の栄光』(ピエール・ミニャールの原作に基づく)に、感想は全て飲みこまれてしまった気がします。。
そうはいっても、時間がたってみると、やはり印象深い絵は思い出す事が出来て、フェルメールの『レースを編む女』は、その大きさ(小ささ・・・かな)では考えられない存在感がありました。照明の仕方など、たしかに誇張されている部分はあったかと思いますが、とにかく鮮やか。またどこかで逢いたい絵画の一つとなりました。あとはマルガリータ王女。2008年の夏にもベラスケスの同テーマの絵を見ているので、なんだか懐かしい。「またあったね!!」みたく思えた。そういう絵画が増えていくのは、この上もなく幸せなことだろう。
この日であった絵画たちに、しばらくのさようなら。いい刺激をありがとう。