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月曜日, 3 月 21st, 2011
今すぐにでも、東北に駆け付けたい、という方々の声を聞きます。そして、今はその時ではない、という声、「最低限、自分の食糧と飲み水は確保した上で」といったアナウンスもあるようです。僕は、仙台中心部にいて、既に、日常への復帰が足音高く響いているところにいるので、一番大変な現場のことは、感覚的には理解できないところもありますが、あくまで現時点で、感じていることを書きます。決して僕はこういうことの専門家ではありませんが。
何とかしたい、現地に行きたいという思いは尊いものだと思い、敬意を表します。ですので、だからこそ、考えてみたいことがあります。長距離輸送ルートが限られている現状、福島の原子力発電所の現状、燃料が限られていること、慎重になる理由は沢山あります。まず、絶対条件として、自分の飲み水と食糧、という以上に大事なことがあります。
絶対条件) 御自身が健康であること
具体的には、風邪をひいたりしていないことです。特にインフルエンザは厳禁。今、特に避難所で生活している方々は、体も抵抗力も弱っています。ウイルスを持ち込むようなことは、助けるつもり逆を行うことになりかねません。
そして、今、すぐに行っても意味はないから、と止められることで時間がある時に、はやる気持ちをおさえて、勉強してみるときっと役立つであろうこともあります。
-救急救命法(蘇生法)
目の前で誰かが倒れるかも知れません。これは出番がなければ、ないにこしたことはない知識ではありますが、知っておいた方がいいことです。
-感染症対策
医師や保健師にしかできないことではなく、基礎的なことであっても、何がポイントで何に気をつけるべきか、といったことはあります。目下の心配は、インフルエンザです。インフルエンザ対策については、昨年の騒ぎで知識は出回っているはず。復習した上で、H3N2 A香港のワクチンを、打っていない人は打ってから。
-建築物応急危険度判定
被災地で、どの建物ならば入れるのか、入っていいのか、それはどんな根拠に基づくのか。既に、被災地の建物の多くは、この判定を受け終わっているでしょうから、それがどんな判定を受け、3種の張り紙が何を意味するのか、わかっていた方がいいでしょう。
-PTSD対策
そして、ここが一番難しいところです。多くの方々が恐怖体験を持っておられます。その方々にどう接するのがベストなのか。現時点で、確定的なマニュアルがあるわけでも、十二分な知識・経験の蓄積があるわけでもありませんが、阪神のこともあるので、それなりに書かれたものはあります。
私自身、仙台で、その瞬間を体験することはしましたが、何かが壊れたり目の当たりにしたりはしていません。でも、あの揺れを体験しているので、それを経験した人の気持ちに寄り添うことができるとは思います。私の家は、損壊していませんから、避難所生活は経験していません。しかし、11日当日も12日の夜も、停電・断水・ガス停止の中で、懐中電灯一つと小さなロウソク一つで震えながら過ごしたので、その生活について、なにがしかの想像の手がかりはあります。体育館には行き、自宅とどちらを選ぶか考えた、ということもあります。 しかし、津波に襲われた地域やその近所の方々については、正直、何一つ、想像するよすがを持ちません。ただ、話を聴いて呆然とします。 私自身に、何一つ、彼らを癒やす力などないことを自覚するのです。最低限、更に傷つけることだけはしてはならない、と思います。でも、何が傷つけることになるのか、ならないのか、はっきりとはわからないのです。
ここまで書いて、強く引き留められるように感じた方もいらっしゃるかも知れません。でも、被災地のリアリティを経験するためには、被災地にいらっしゃることが一番なのも事実です。上記のほかにも、もっとたくさんあるような気がします。想像力は、人間に備えられた、とても強い力、希望も絶望も生むことができます。想像力を巡らせて、よく準備して下さい。
そして現地に来なくても、他の土地でできることが、数え切れないほどあることもまた、是非、よく想像してみて下さい。
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土曜日, 3 月 19th, 2011
もう、半分くらいは思いだせない。けれど、まあ、いいのだろう。
思いだせる限り。
3月11日
14時46分 地震発生 東北大医学部5号館2FグローバルCOE事務局 在室
最初に、地鳴りのようなものが聞こえたような気がして、ちょっとした縦揺れ、あっ、と思ったら、どんどんと揺れが激しくなる。
多少、モノが落ちる。蛍光灯が明滅する。 数十秒経過。 向かいの列の二人が部屋の外に飛び出していく。
まだ揺れが続く。 立ち上がって、周囲に目を配る。部下と目が合う。 PCを切らないとデータがやばい、と思うが間に合わない。
モニターが明滅して切れる。 蛍光灯も切れる。 各所から悲鳴が聞こえる。 揺れがおさまる。
14時48分頃 部下と共に外に出る。一瞬、カメラを手に取ろうかと思ったが、思いとどまる。
EVは停止。 非常扉が閉まっている。 開けて、階段へ。
上階から、血の気を失った人々が降りてくる。 列に加わって、1階へ。 多分、この頃、最初の余震。
14時50分頃 5号館前にたくさんの人。1号館前に移動。 事務の主要メンバーの顔。
コンクリートブロックが落ちているけれど、ガラスは割れていない。 周囲を見る。大きな建物は倒壊していない。
集まってきている人々の顔を、写真を撮るように画像記憶しようと努める。後で照合できるように。
意外と冷静な自分を感じる。 歩きながら、家族に携帯での連絡を試みるが通じない。
1号館2Fで、神戸から呼んでいた米国人広報Dさんによる、英語の個人レッスンが行われている時間であることを意識している。人の流れと逆行して、部下と共に、1号館2Fセミナー室に向かう。 館内、非常ベルが鳴っていたと思う。
14時51分頃 最初の大きな余震。構わず、走る。
1号館2F、天井から落ちているコンクリート片のがれきを踏み越えて、セミナー室へ。
机の下に、Dさんと、片平のY研のPDのKくんが隠れている。声をかけると二人が机の下から出てくる。
KくんがかばっているPCが電気ついてるな、と思う。そうか、ノートPCか、と心の中で思う。
Dさんと話す。彼は日本語堪能。交通手段がいかれているだろう、5号館の方が建物が安全だから、とりあえず、5号館への退避を提案。Kくんには、乳幼児がいることを思い出す。すぐに、家族のところへ向かえ、それが終わったら研究室、とほとんど命令口調で。そう言えば、その後、彼とは会ってない。大丈夫なのは知ってるが。
天候が雪まじりになってくる。
14時53分頃 1号館前で、事務長が、臨時災害対策本部の設置宣言をしている。安否確認が始まっている。脳GCOE事務局の無事を報告する。ボスのO先生と会う。伝言して、徒歩5分未満の自宅に向かう。ここで、職場放棄してよかったのか、今でも、自分がわからない。
14時55分頃 自宅マンション、当然、停電、EV停止。自宅、玄関扉が「意図的に」開け放たれたままになっているのを見る。一目見て、家族の無事を確信する。中に入って、10秒で状況確認。相当やられているが、通路の確保等がなされているのを見る。誰もいない。1Fにおりて、避難している人の群れに家族を探すが、不在。5分探して、わかる。ああ、学校だ。
15時1分頃 徒歩2分の小学校に向かう。校庭に、避難の列。家族を発見。状況確認。担任と話し、帰宅を認めさせる。教師は安否確認シートを持っていることに軽く驚くが、筆記具を持っていないことに苦笑する。胸ポケットのボールペンを、提供し、そのまま差し上げることにする。
15時10分頃 帰宅。 軽く状況確認。方針確認後、職場に戻る。
15時20分頃 部下やDさんと再合流。脳GCOE事務局メンバーとも話し、少なくとも、今日のこれからの仕事が成立しないことを話す。この時点で、事態の重大さは理解できていない。雪がいったんやむ。
GCOEの事務局のIさんと話し、自宅が遠い、部下のKとIさんは、念のためタクシー券を持って、帰宅含めて様子を見ることとする。Dさんについては、タクシーを使ってでも、空港でいいのでは?ということに(この時点で、仙台空港がどういう状態に陥っているか、全く理解がないと共に、津波の可能性も考慮にいれていない)。
15時30分 この時点で、脳GCOEとしての仕事はやめて、広報室としての自分に切り替える。紙に分野名を書く形で進められていた安否確認の状況を把握しやすくするために、ホワイトボードを持ってくることを提案し、2階から下ろす。多分、この日の自分で、最大の貢献はただのこれだけ。以降、安否確認の状況などを、手伝う。
16時少し前頃 部下Kから、Dさんが空港に向かった旨をきく。彼女の家への徒歩での所要時間を訊き、暗くなる前に帰宅して状況確認することを促す。海に近い彼女の家の場所を全く考慮していなかったこの判断を、その後2日間悔み続けることになる(が、今となっては妥当だったかも知れないとも思う。次に連絡が取れたのは、15日の朝だったが)。
H教授を司令塔に、病院との連絡が始まる。今のところ軽傷者のみだが、きたるべき、トリアージに備えて、病院関係者が臨戦態勢に入ったことを知る。逆に、研究科でできることは減るが、安否確認を続ける。
16時30分頃 雪が降ってきて、次第に強まる。事態の深刻さがだんだんと伝えられる。携帯が全く反応しない。家族、Dさん、部下K、いずれも。ほぼ、全建物の安否が明らかになる。人的被害の報告はない。 この頃、星陵体育館を、当日の帰宅困難者受け入れ施設に利用する決断が早々となされ、準備態勢がとられる。 既に、何度目かの余震。いずれも震度2から3、あるいは4に迫るような比較的に大きなもの。
17時ころ 雪が本降りになる。暗くなりはじめる。津波のことが言われ、陸前高田の名前が被災地域の中心としてクローズアップされ始める。背筋がこおる。一方で、できることは減ってくる。 各建物の巡回隊が2人1組で組織され、火災・水漏れなどの異状がないかのチェックに入る。 薬品瓶の破損が原因と思われる、臭いについては報告が多い。 実験室内での単独立ち入りの禁止を強く言う(口頭の伝言ゲームだが)。
18時 まず、自宅の安全確保、ということで、人が引き揚げ始める。明日以降のことを確認して、各自帰宅をはじめる。
自宅、ライフラインは全滅。 冷蔵庫の中にあったものを、ろうそくの光のもとで食べて、確保できた就寝スペースで早めに就寝する。再三の携帯電話での連絡を試みるが、どこもつながらない。 一瞬つながった、emobile経由で、Twitterに、数行だけ、無事を発信する。携帯経由のブラウザ閲覧等はすべてダメ。たまたま手持ちのノートの残存バッテリーに頼る。何しろ寒い。本当に寒い。
夜。
星を見上げる。美しい。 周りを見渡すと明りは二つ。 奮闘する東北大学病院と、厚生病院。 非常用電源、いつまでも続け!と祈る。
3月12日(土) 夜明けて、起床。敢えて、通常ぶって朝食を早めにとったころ、数日前から、宮古島から仙台入りしていた昔の同僚Iから着信。奇跡的に通話できる。所在を確認。滞在先ホテルのロビーで一夜を明かした模様。(本当は、前夜に、4-5人での飲み会を企画していた。)
8時半頃 あえて自転車で大学経由で街へ。大学で数人の教員と会い、情報交換。壊滅的であることを知る。大学の固定電話が回線が生きていた。個人利用だが、実家に生存連絡。
スーパーマーケット前に既に列。Iの滞在先ホテルへ。10分話す。ホテルのロビーで、宿泊客のリーダー的存在の人が、状況確認報告をしている。ホテルは、ロビーを閉めるという。Iは避難場所として、県庁に向かうと言う。別れて、帰宅へ。途中、30分スーパーマーケットに並び、列が動かない間に、幸運にも隣のちょっとした店が開き、そこで、缶詰と、大きめのロウソクを確保(自宅には、懐中電灯が一つしかなかった)。 既に10時半過ぎ頃。 晴天。
一旦帰宅。 当座の食糧で昼食。 午後、大学で、いろんな人に会い、情報収集。 研究科長から、広報室開室の指示を受ける。しかし、水もない。たしか、この頃、大学医学部の公式アカウントで、第一報する。 この辺は記憶があいまい、今は調べる気力がない。更に、午後、県庁に向かってIを探す。いない。そばの市庁舎にも向かう。毛布の配給を待つ人の列が、50メートルはある。やばい、これではIが危ない、と思う。
Dさんへの連絡を、神戸経由を思いつく。神戸の盟友Nと連絡がついて、Dさんが空港に向かえずに、駅前のホテルのロビーで一夜を明かしたと知る。無事でよかった。部下Kへは全く連絡がつかない。絶望的な気持ちになる。Iについては、抜群のコミュニケーション能力で状況を楽しんでいるだろう、とは思うものの、連絡手段が、限られる。思いついて、宮古島への連絡を試みる。仲介者を探す。未来館時代の同僚がつかまり、宮古島との連絡がつく。宮古島のIの御両親が心配している。そりゃそうだ。
津波の被害の大きさがわかってくる。部下Kを帰した自分の判断の愚かさを呪う。携帯は電池式充電器でしのぐが、ノートPCは力尽きる。
3月13日(日)
早朝
大学に向かう。妙なことに気づく。廊下の電気が点いてる! 1号館2F広報室を開ける。広報室のIさんも来る。できることをやろう。メールサーバーは落ちてるが、イントラネットEASTがいける、学内からのアクセス限定で。まあ、誰も見ないな。大学のPCから、外部へはつながらない。持参したノートPCで、emobile経由でツイッターから発信を始める。
朝、Dさんが泊ったホテルに向かう。ホテルのロビーは混乱している。なんとか、一人のホテルマンを見つけて、Dさんについて訊く。正規の宿泊客でなく、ひと夜、ロビーを貸しただけの人は名簿もない、と言ったが、Dさんの特徴を言ったらすぐに思いだしてくれた。早朝、発ったという。覚えていた理由は、前日、「御礼に」とどこで手に入れたのか、ケーキをホテルマンに差し入れたと言う。すげえ。
途中、たまたま開いたコンビニで、カップめんを一つ入手する。30分並ぶ。
昼 宮古島から連絡が入る。Iの両親との連絡から、Iが間違いなく県庁にいて、連絡のつけかたがわかる。携帯の連絡がようやく、たまにできるようになる。対携帯は無理。対固定電話が限定的に。 午後、県庁に自転車を飛ばす。Iと会う。自宅に来るように説得するが、頑固者は聞き入れない。まあ、無事ならいい。
午後遅め、Dさんから連絡が入る。福島空港に向かう車中。よかった。
あとは、部下Kだ。本当に、本当に、判断を悔む。自責にかられてか、少し、吐く。
午後、研究科長と事務の主要メンバーで話す。研究科として、各研究室の安否確認と、学部生の安否確認をやろう、という方針を決める。学部生の安否確認は始めるのは早ければ早いほどいい。僕がやります、と名乗り出る。何しろ、ツイッターしか手段がない。メールが落ちてるから、連絡先を、個人のgmailアドレスに設定する。 直ちにいくつか集まり始める。嬉しい。
M先生と会う。医師として行動するべきか、大学人としてか、とぶつぶつ言っていた(16年前に神戸で奉職していた彼は、阪神大震災で被災すると共に、緊急医療チームにも参加していた。そして、その後、翌14日からM先生が石巻に入っていたことを僕は後で知る)。
夕方、情報基盤室のNさんの奮闘か、医学系のメールサーバーが稼働を始める。稼働始めて、3分で気付く。連絡先を大学アドレスに切り替える。
夕方遅く、自宅が通電する。電話と水道も戻る。
14日 早朝。7時、自転車で朝市を物色。多少の食材を手に入れる。 8時大学。9時。最初の公式な災害対策会議。
・・・・
まあ、あとのことはいずれ、思いだそう。上記もまた、相当な省略をしている。哀しみと恐怖を振りかえるには、時間はまだ浅すぎる。
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木曜日, 3 月 17th, 2011
大変なのは大変なんですが、僕はもう、家族も無事、電気は一昨日から通り、水も通った、というわけで、まあ、食糧の少なさに不安はあるし、やたらと寒いのに風呂も入れないんだけれど、適当にやってます。
御心配は有難うございます。ただ、メールに返信は、なかなかできなくってすみません。
もう、自宅が大丈夫な以上、そして、自分の社会的な立場を考えても、誰かの役に立つ方向に時間を使うべきなのは明確なわけで、ええ、そんで、業務的なメールだけで、普段の倍近く来ます。で、御心配メールを合わせると普段の3倍とかなって、ちょっと、不急のメールは後回しになっとります。御了承下さいませ。
近況は、ツイッターの@fj_nでご覧下さい。そして、業務は何?っていう意味では、@tohoku_univ_medが、最近は僕が全部やってますんで、そこに書かれていること含めて、そんな仕事で毎日、やってます。
毛利さんの言葉を思い出します。「宇宙飛行士は、睡眠も業務なんです」 そうだよね、適当に休んで、業務に全力です。おやすみなさい。
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火曜日, 2 月 1st, 2011
オーム社が出している、「メディカルバイオ」という雑誌がある。名前の通り、医学生物学系の専門誌で隔月刊なのだけれど、次号、3月号をもって休刊になるらしい。前身が「バイオニクス」といって、もう少し工学よりの内容で、月刊誌だった。2004年12月号が創刊号で、2007年3月まで続き、2007年5月号から、衣替えして、2011年3月号まで続いた、ということになる。バイオニクスで28号、メディカルバイオで24号出る、ということになる。
Q&Aのコーナーというのが、巻末にあって、体裁としては、読者の疑問なり、誌面では少し基本的過ぎ気味なことをあえて扱う、但し、最近の話題には触れる、というスタンスで、バイオニクスの創刊から一貫して、担当してきた。バイオニクスの一時期は、相棒と二人で交代で担当だった時期があるから、全号書いた、というわけではないが、都合50号近くに寄稿させてもらった。得難い経験をしたと思っている。
結局、読者からのリクエストとかていうものは僕の知る限り来ていないから、毎回、ネタを考えるところから始まる。基本的に縛りはないから、何でもいいのだけれど、これが結構難しい。連載が1年も続くとさっさとネタ切れになる。毎回、さぁ、何を書こうか、と探す。しかし、これが本当に勉強になった。
今月はこれにしよう、とさっさと決まって編集者に相談し、すぐにゴーサインが出ることもあることはあるが(自分の中でさっさと決まった時は、大抵、悪くないアイディアなので、すぐにゴーサインは出る。あるいは、同じことを考える相棒がいて、譲ったということはあった)、大体、なかなか決まらずに悩む。1-2か月の新聞記事の関係するようなものをざっと見て、あるいは、最近の各研究機関のプレスリリースをざっと見て、核になりそうな、トピックを3-4つ候補にあげる。その上で、多少、周辺を調べて、僅か1000文字とは言え、それなりにストーリーになりそうかをおぼろげに想像する。そして、メインの候補を一つ、サブを一つに絞った上で、編集者の意見を聞く。大体、ダメとは言われないのだけれど、ここからが、本番。
取りあえず、そのトピックに関係するWikipediaの項目5つくらいから始めて、研究者や製薬会社などのウェブサイト、それに、個別のブログまで含めて、大体、20くらいのサイトをあたって、次から次へと読む。大体これで、そのトピックの扱われ方や、周辺の事情などがのみこめてくる。その上で、トピックを決めるにあたって、参照していた最新の研究成果に戻って、その成果を、自分の記事でどう扱うかを、考える。あくまで、その成果を紹介するのか、あるいは、その成果が出たことをこれまでの流れと対比させて扱うか、など。それで、その原著にあたることになるんだけど、その段階まで来て、どうもやっぱりこれだと書けなさそうだ、ということも、一度ならずあった。そこを突破すると、その先は、その成果の扱い方次第で、その分野の教科書的なものをあたることもあれば、総説をあたることもあり、あるいは、似たような成果をあたることもある。と、大体そんな感じで進んでいく。
いずれにしても、自分の、必ずしも、専門でない(僕の場合、本当の専門っていうのはそんなにないわけで)ところを、結構、集中的に勉強する。小さい連載記事ではあるが、それを50回やってくることで、相当、こやしになったところがある。
連載が終わる。
何か考えないと、勉強しなくなるのがこわいな。
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水曜日, 1 月 26th, 2011
前のエントリーで、知的好奇心の囚われびととしてのサイエンティスト、というようなことを描き、人類の知的基盤の発展が、それだけで善たりえない、と書きました。かなり、雑な言い方ですが、要するに、サイエンスを進めることで、新しい知が手に入ること自体は間違いないわけですが、それは、別に「正しく」はない、「良い」ことかはわからない、どちらかというと、現代では「悪い」ことだったりしかねない、というわけです。核兵器を生み出した科学、という言い方もあります。あれはまあ、なんだか若干、そこはかとなくきたねえなぁくらいな感じがしますが、それに対して、個別の技術に対しては科学は価値中立だ、と言い切る研究者は結構いて、それでいて、その同じ人が、人類の知の進展はすばらしい、とぬけぬけと言われると、あれ、中立じゃないの?と聞き返したくもなるわけです。うーん、大分、端折っていて、雑ですが。人類の知の前進が善でもなんでもない、という時に、しかも財政難のもと、なんでまた好き好んで、公的な資金を大量に投入して、研究を進めているのでしょうか。こうなると、経済発展のため、とか、国際競争力がどうとか、かなり、ぎすぎすした話に落としていくことになっちゃいます。そう言えば、小泉内閣の時に、聖域なき改革、の一方で科学技術関連予算が伸びているときに、緊急経済対策の名目だったりしました。小泉氏本人は、将来への投資的なことを言っていたんで、矛盾していますが。
さて、こんな状況の中でサイエンスの目的は、何であれば、公共性を持ち得るのでしょうか。
たくさん患者がいる病気の治療?
食料の増産?
貧富の差の縮小?
そういうことを、ひっくるめて、一言で、生存。地球全体でのサバイバル。
この言葉を最初に訊いたのは、吉川弘之先生からでした。サイエンスの目的は、広く受け入れられるためには、サバイバルのためのサイエンスをうたうしかないだろう、と、言い切られた。どの場だったか、は忘れました。僕にはまだそこまでの潔さはなかったのですが。
そして、今、すべてのサイエンスが、サバイバルの方を向いているのでしょうか。
もちろん違うでしょう。20世紀を通じて、サイエンスは自己目的化を深めたし、多分にそこは、ピアレビュー文化が貢献したし、乱暴に言い換えれば、20世紀までのサイエンスは、便利になる楽になる清潔になる、でもよかったわけで、そのために、今までサイエンスは今すぐでなくても、「そのうち」間接的にでも役に立てばよかった。知の全体的な前進も、概ね、便利になるから、善とは言わないまでも、悪くない方向だったのでしょう。
サバイバルには期限があります。いついつに地球が滅亡するとか言う終末論ではないけれど、それなりの切迫感は今ここにもあります。そんなことを言われても、例えば純粋数学はこれまでも、100年たってようやく役に立ち始める、そういうのが歴史だった、ということはできるでしょう。だが、それは、これまで、であって、これから、ではない。無理矢理役に立とうとしろ、というのではない。そこで、ネットワークとコミュニケーションの意味が浮かび上がってきます。孤立系に陥りがちな個々のサイエンスを、ゆるやかにネットワークで結び、サイクルをつくりだすコミュニケーション。
サイエンスコミュニケーションの一つの目的がここにあります。個々のサイエンスに直接働きかけて、ネットワークを結び、それが地球全体でのサバイバルの方を向くように、そのためのコミュニケーション。サイエンスの目的を突き詰めて地球全体のサバイバルとおいて、その構成要素がそこに向かうことこそが、サイエンスコミュニケーションの一つの目的。
今回の話は、あまり明示的に書かなかったんですが、公共性を起点に書いていますので、その前提のせいで抜け落ちていることがあります。本当は、さらに続けて、デモクラシーのためのサイエンスコミュニケーションにつなげる筈がやっぱり力尽きました。うーん。
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月曜日, 1 月 17th, 2011
仙台は激しく寒い日が続いております。今晩は、ずっと前から引っかかって、ぽつぽつ書いてきた、真面目なことを書きます。結構、かかるな、時間も、字数も。
話はどこからでも始められるのだけれど、科学技術vs科学・技術の話から端折って始めよう。科学技術、と一語で表わされることへの拒否感は、もともと特に基礎系の研究者からはよく聞く話題だったが、先日の、日本学術会議発の議論で、法律から書き直そうという議論になっている(と認識している)。要は、言葉から、サイエンスの“出口”志向が過剰になるのをどうにかしたい、という焦燥感がおおもとにある、と大雑把にまとめてもいいだろう。では、技術を切り離した、科学って何だろうか。純粋科学、基礎科学の存立の話だ。それらは、「なぜ」あるのだろう。自然の、あるいは、宇宙の、理(ことわり)に迫りたくて、知りたくて、それを突き詰める。神秘のヴェールをはがす。なぜ?人類が持つ、知的好奇心に、その純粋な思いに従って。その成果は、確かに文明を築く礎となったが、それだから肯定されるということを主張しない(主張する人がほとんどだけれど)。その知的な前進こそが、それそのものが成果なのだ、と。
さて。近年の、特に、ここ1-2年の事業仕分けが巻き起こした議論に象徴されるけれど、基礎研究って何のため?、というのがある。どう役に立つか、じゃない。人類共通の知的基盤への、多大な貢献なんだ。極論すれば、そうだ、と胸を張ればいい、という、それなりには正論がある(これに対して、では、人類共通の、ならば、日本の税金でどの程度まで賄うのが妥当ですか?その根拠は何ですか?という議論には、大体、この正論を強く主張する人はのってはこないが)。
ここで、僕が問題にしたいのは、人類共通の知的基盤へ貢献する、っていうことは、「正しいに決まっているじゃないか!」という、その宣言っぷりだ。人類の知的財産が増えること、科学(自然も人文も)が明らかにできることが増えること、未踏の領域が減ることは、絶対的な善だと信じて疑わないことが、どうにも、困るのだ。僕、長神風二自身は、人類の知的財産が増えることは、それなりに良いことだろう、と個人的には思うけれど、決してそれは自明じゃない。この自明じゃなさが、コミュニケーションを難しくしている。
ここで、科学が発展し、人類が知的財産を築いてきたからこそ、これだけの文明が築かれてきたんだ、と話を戻しては「いけない」。先程、基礎科学が「何かの役に立つ」ということから離れるところから、話を始めたから。まあ、戻したところで、果たして、文明が善ですか?、という、そう簡単には、回答できない問いに直面する。
人類の知的財産が増えること、科学が進展することは、良いことか?
敢えて、文明や技術の話まで含めて、話を戻してみよう。ある意味、19世紀までは、「良かった」のかも知れない。文明は、確かに進歩をもたらした実感くらいはあったかも知れない。人は何より簡単に死ななくなった。では、ここ100年、あるいは特にここ50年、更には、ここ20年、10年はどうだろうか。どこに視点を置くかによって、相当に異なり、簡単には言えないのだけれど、先進国の都市に住んでいれば、の話では。平均寿命はまだ延びているかも知れないけれど、今更80が85になることにどこまでの興味があるだろうか。便利なものはやたらと増えたけれど、携帯電話でどこにいても呼び出されて、どこででも、まさしくユビキタスに仕事ができる、というよりも、やらねばならない環境なんぞ、果たして望んだものだっただろうか。環境問題は深刻さを増しているし、貧富の格差は世界的に見ても、国内で見ても拡大している。汽車ができました、電車ができました、電話ができました、まではよかったのかも知れないが、特にここ20年はどうなんだろうか。科学の進展は、効率化はそこかしこで生んでいるが、どうにも、人々の幸せを犠牲にしているような気がしてならない。
科学の進展を、個人の問題と結び付けて語ろうとすることもできる。個人にとって、科学が幸せをもたらすことは、それはあるだろう。ただ、これはあくまでプロセスの話だ。19世紀に生まれた個人は、21世紀に生まれた個人にくらべて、得られる科学的情報は少なかっただろうし知識レベルも低かったことは間違いないけれど、それが、その個人にとって良いか悪いか、は、おそらく、あまり関係ない。
極論かも知れないけれど、少なくとも、ここ20年や、あるいは、これからの未来を考える上で、科学が進展することは善だ、とは、とてもパブリックには言うことはできないのだ。
じゃあ、何のために進めるのか?あるいは、進んでしまうのか?ここで、知的好奇心が出てくる。純粋の知的好奇心の発露としての科学研究。研究費で、トップダウン型とボトムアップ型とで、ボトムアップ型は、研究者個人の好奇心に基づいたもので、という論理、多くの研究者からは、これを増やすのが良い(だから、やり方と経緯はめちゃくちゃだったとしても、次年度予算を決めるときの最後の菅総理のあれは正しい、ということになる)ということになる。
さて、この知的好奇心。自分も、以前は、何となく、無条件に正しいもののように感じていた時期(高校生くらいか)もあるけれど、どうにも厄介な代物だ。下品で、下司な代物なんじゃないか、という思いも抱いてきた。研究をやっていた時期はそういう思いはある程度封印してきたけれど、サイエンスコミュニケーションを業とするようになってそれはかなり強い感情になった。それなりの出口をくれたのは、JT生命誌研究館のジャーナルでの中村桂子x今道友信 対談。
「よく学問の起源や進歩の元は好奇心だと言われますが、好奇心程度で動いてる学問っていうのはせいぜいが科学だなんて言ったら怒られるんですけどね。」(今道友信)
せいぜいが、好奇心。
未知の探求とか、なんとか、深遠そうな言葉で語ることはいくらでも可能だけれど、結局のところ、出歯亀とまでは言わなくとも、そういう覗き根性と紙一重ではないか。
僕の場合は、そこで、ああ、それならそれでいいじゃないか、人間はそもそもそんな高尚なもんじゃない、だから欲深い人間の所業の一環に科学だってあるんだし、と気付くところから、その後の、コミュニケーターとしての仕事が始まっている。
でも、どうにも、研究者自身に語ってもらうと、深遠な自然の摂理やらを知ろうとする知的好奇心は、高尚なものとして語られる。逆に、そこが、「溝」を深めていることもあるのだ。
僕は、知的好奇心は、世代を超えて広まる感染性もある一種の病のようなものとも思う。知的好奇心という病への囚われびと、としての研究者。別にそれでいいではないか、と思う。欲深い業の一つだ。もっと直接的な金銭欲や何やらに、それほど遠くなく役に立つ(応用される)からこそ、それで食べていけている。純粋で、高尚を装う必要があるのだろうか。
ただ、知的好奇心の発露としての研究が、それだけで何かを傷つけている可能性もある。自然の摂理は、誰のものでもないが、明らかにしてもいい権利、が、誰かにある、というわけでもない。特に物質の根源や生命の起源を解き明かそうとする研究者に対して、特にヨーロッパ、アメリカでは、宗教原理主義的な勢力からの反発もある。なんだか、中世的だけれど、多くの人の、どこかにある感情、に基づいているのも事実なのだ。
エアーズロックはオーストラリアのアボリジニ達の聖地だ。彼らは決して登りはしない。たしか、最近は立ち入りを制限しているけれど、かつては、登るのは観光の定番だったし(僕も1994年頃に)、最速記録はニュージーランドの軍隊の何とか、という話も当時聞いた。ある種の生命研究や基礎物理の研究が、そういうことに類することをしている、と言えなくもないだろう。
自然科学の研究で、できることは、自然について、理解(understand)することではない、何とか、現象を説明(explanation)することはできるけれど、大抵はせいぜい、記述(description)どまりだ、ということも言われる。研究によって、あまりに精緻にできたその自然を記述できるようになることで、自然をむしろ畏敬するようになる、ということは科学者の言うところ。だが、そういうことを記述しようという動機そのもの、つまりは、知的好奇心そのものが、不遜で傲岸で、”聖地”を汚そうとするものだ、という見方もあるのだ。
そういう中で、サイエンスの目的、サイエンスコミュニケーションの目的はなんだろう、という話につなげる筈が、やっぱり力尽きる。
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火曜日, 1 月 11th, 2011
それなりに、丁寧にフォローしたかどうか、一つ一つ読んで、特にtwitterでは言及したりしていたけれど、昨年の拙著「予定不調和―サイエンスがひらく、もう一つの世界」に対して、言及して頂いたことに対して、全くまとめていなかった。
と、こんなことを書き始めたきっかけは、たつをのChangeLogに取り上げて頂いたことです。
http://chalow.net/2011-01-05-1.html
おかげで急上昇しました、amazonで。
出版直後は、一応、わずか、数日後の時点での、2人からについては、書いたことは書いているけれど。
http://www2.atword.jp/science/2010/04/22/%E8%A9%95%E3%81%95%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%81%93%E3%81%A8/
下記、きっと、漏れはあるだろうけれど、本当にどうも有難うございます。(漏れた方々のも、結構読んではいる筈です。たまたま、うまく発掘できなかったりしただけで。)
4月21日付け
football日記 - Un colpo di vento
http://www2.atword.jp/science/wp-admin/post-new.php
いや、結構、びっくりしました。そう来るか、と。
4月18日付け
たつをのChangeLog
http://chalow.net/2010-04-18-6.html
ここで、これから読む本、として、予告はして頂いていたわけでした。
4月14日付け
エフフィールドブログ (載せて頂いた頃は、若だんなの新宿通信、だったか)
http://tf244.blog107.fc2.com/blog-entry-1779.html
今更ですが、目次の手打ち有難うございます。褒められ過ぎですが、しかし、これに従って、3冊をその順で読むヒトが出るとは思わなんだ。
4月22日付け
ojyukenn?
http://plaza.rakuten.co.jp/okmhmf/diary/201004220000/
短評ですが、こういうストレートなことを言って頂けると、ああ、そういう風に届くのか、と。特に、サイエンス以外の分野の読者の方からは、「怖い」が多かったです。
5月5日付け
仄かに輝く
http://d.hatena.ne.jp/minamishinji/20100505/1273059174
これは嬉しかったです、単純に、もう。
5月3日付け
Chromeplated Rat 調和の当事者
http://schutsengel.blog.so-net.ne.jp/2010-05-03
多分、この方が言われている、もう一歩を踏み込んだものを書こうとすると、生半可な方法だと、「どれか」の技術に絞らないと、通常では一冊に収まらなくなり、そうすると、僕が今回出そうとした問題意識とずれが生じることになる。
要するに、「生半可」でない、「通常」でない、方法を編み出そう、ということになって、だから瀬名さんにも言われたんだろうな、と思って、重い宿題。
5月6日付
けやきのき 発展的に道を探したい。「予定不調和」。
http://midorinokeyaki.blog74.fc2.com/blog-entry-741.html
もう一つ前のとも絡むんだけれど、この発展的な道を探すところの、提案までを、誰がどうやってやっていくのか、っていうことなんだろうなぁ、と、半年ぶりに読み返しながら思う。そう思うっていうことを、作ってくれてる感想です。
5月6日付け
やまもも書斎記
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2010/05/06/5065670
流石の筆致で、まとめて頂いています。
6月19日付
あすなろBlog 「今ある未来」をどのように考えるか
http://blog.pasonatech.co.jp/yokota/199/13690.html
これ、ブログ全体のタイトルがどれになるのかわからないんですが。
レコメンドの章が興味あると言って頂けたのが嬉しかったです。IT系で業をなしている方に。
5月9日付け
大隅典子の仙台通信
http://nosumi.exblog.jp/11083309/
今になると、どの辺が一番、説明不足と感じられたか、が気になったりw
これ、先生に書かれたから、っていうのもあるんですが、急に、あ、仙台に関係させた章を一章作れればよかったなぁ、って、急に思いました。近未来を無機質に描くだけでいいのか、っていう、こととも関係で。(結構、難しい話につながるな)
6月11日付け
Blog.Yuco.net
http://blog.yuco.net/2010/06/yotei_fuchowa/
どういう視点から読んで頂けたか、っていうのが見えて、嬉しいです。こうしてみると、Wikiばな、っていうイベントに、無理に課題図書にして頂いたことで、どんだけ助けられたかってわかります。感謝です。
4月27日付け
リケスタ!試作室
http://try.rikei-style.net/article/148013863.html
きちんと受け止めて下さって嬉しい。だ、けれども、自分としては、冒頭にある、「憂鬱」にさせてはいけなかったか、とも思うのです。そういうことを思うと、瀬名さんの「エヴリブレス」が何をしようとしていたのか、を思います。
もうちょっと(っていうか、これと同じくらい)あるのは知ってるんですが、
ちょっとここまでで今日は力尽きました(最近、そういうこと多い)。
また続けます。
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月曜日, 1 月 10th, 2011
年が明けて、既に10日経ってしまいました。多少なり、振り返りをしておかないと。
自分は、仕事面では、大学人としての面と、サイエンスコミュニケーションの実践家としての面と、一応、それの研究的なことをやろうとしている面と、大きくわけて3つ。
昨年どうだったか、っていうと、もう、明らかに3つ目の面、研究とかそういうことが、全然ダメだったっていうのが、反省点。国際学会で3つくらいは発表した、とか、そういうことはあることはあるけれど、やろうと思っていたことの2割もできてない。ここはなかなか、何をやろうと思っていて、っていうところは書きづらいけれど。
サイエンスコミュニケーションの実践の面。
これは、うーん、ある程度、やったようなやっていないような。最初の著書の出版にこぎつけたのは、プラス。(半年くらい経ってから、もっとできたんでないか、的な思いが相当もたげているのも、事実だけれど)サイエンスイラストレーション関係の、もろもろの事業に手を染めることができたのは、進展。まあ、一方で、どこまで手を広げるんだい?、ということもなくはないが。テレビ出演。こちらも初めてだったけれど、これは著書出版のおまけに近い。職場の若手に言われた。「あれじゃ、誰か別のヒトが同じことやっても変わらないじゃないですか!」、そう、その通り。そこはマイナス。で、そいつ、「僕、見てないんですけど!」なんだそりゃ。個人的に手掛けたイベント、サイエンスアゴラの大喜利、あれは、収穫。さっさとアウトプットしないとなぁ。じゃあ、マイナスは、っていうと、もっと、巨大な何かが、できたんでないか、っていうのが反省。興味が多方面に行く特徴が出て、力が分散してしまってる。
大学人としての面。
そこそこ、ではあったと思うけれど、ここは新しいことを何かやったか、と問われると、どうにも答えが厳しい。もちろん、前段の、サイエンスイラストレーションの件を、大学の、サマースクールの形に持って行けたことっていうのは大きいのだろうけれど、もう一歩何とかしないと、とも(これからの課題でもあるのだけれど)。広報、コミュニケーション共に、大学から、っていう面では、新機軸が出せてなかったなぁ、とも反省。
なんだか、歯切れが悪い振り返りになったけれど、
今年はもっとできるはず、という思いから。
皆様、本年もよろしくお願いします。
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金曜日, 12 月 24th, 2010
そろそろ年の瀬で、少し振り返って、一体今年何したかな、って思いだそうとして、最近、ちょっとネガティブだったせいか、大したことができた年じゃなかったかな、と思うと、どうもそうじゃなくて、ずいぶん色々ありました。あり過ぎるほどに。遠い昔のようだけれど、著書が初めて出たのは今年だし、サイエンスイラストレーションスクールを実現できたのも今年だし、テレビに出たのも今年だし。
知り合いが本を書いたり、そんな関係で頂いたり、っていうことも激増しました。有難いことなんですが、読んだら何か書こう、と思うまま、時は経ち・・・。漏れはあるだろうけれど、適当にまとめて書いてみます。
博士漂流時代 榎木英介さん ディスカヴァー・トゥエンティワン社
Twitterに少しだけ書きましたけれど、いろいろとかぶっているだけに(何しろ、私が学部3年の時に、別の大学の研究室見学に行ってみよう、と誘ってもらったことがあり。あれ、何年前だ・・)、主張はそれこそそこいらで聞いてるだけに耳新しくはないけれど、うん、まとまってるっていう価値は、そんな自分にもある。ちょっと言うと、想定読者にもよるんだけれど、ちょっと、「問題」のスケールの大きさに比べて、提案の方のスケールが間尺が合わなく感じるかも知れない。多分、本人も、警告よりは提案って思ってるだろうから。
ようこそ、私の研究室へ 黒田達明氏 同
これは、書いた人でなく作った人が知り合い(っつうか元同僚か)だったり。紙幅があるせいか、JSTニュースの連載に比べて、個々のエピソードが丁寧で魅力的。ただ、あの連載のでっかい絵は魅力なんだよな。最先端の取材なだけに、取材日とか、時期とか書いてあった方がいいような気はした。5年後くらいに、この人たちがどうなってるかが楽しみ。
脳の情報を読み解く―BMIが開く未来 川人光男 朝日新聞出版
BMIの研究をリードする人が、リードしている最中に、そのことについて一般書を書く、っていうのは、結構難しいことで且つ、大事なことだと思う。それだけでも、いいな。
個人的にツボというか、関心だったのは、研究データの共有の話で、1ページを割いていること。「税金などにもとづく公的な研究資金で得られた実験データは人類全体の財産ですから」、と一言。116ページ。
ここ、税金だったら、「人類」でなくって、「国民」でないのか、とか、それぞれに立場はあろうかと思うけれど、一言で言いきっていて潔いです。
言葉はなぜ生まれたのか 岡ノ谷一夫 文藝春秋
この出版社からこれが出るのか、というのが最初の驚き。なだけに、どの対象に、どういう風に届けようとしているんだろう、と思ってしまった。中身は、結構面白いんだけれど、想定読者と、値段と、置かれ方とで、齟齬が出ないかばかりを考えてしまう。節回し言語起源論、とか、なんか、名前つけるといいと思った。
ブックビジネス2.0―ウェブ時代の新しい本の生態系 岡本真・仲俣暁生 編著 実業之日本社
畏友の本なわけですが。しかし、これ読んで、なんか、始めたくなった。どこをどうひねると、新しくって、みんなに受け入れられるだろうか、って。考えると楽しくなる。多分、「そういう」本として、読んで正解なんだろう、と思う。
そろそろ力尽きてきたから続きはまたにしよう。
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火曜日, 12 月 21st, 2010
プレスリリースなどをして疲れること。
一つには、頭。そして、気。最後に、神経。
頂く原稿っていろいろあるんですが、草稿と共に、論文の著者最終稿を頂いたり、それで、まあ、論文読まないと、リリース原稿を仕上げられなかったりする(要するに、そういう状態で来る)っていうこともあるわけで、これは、頭が疲れます。
面倒だし、時間もかかるし、そんで、それを、こんなんしました、っていう、真っ赤になった原稿戻すときは、多少気も使って疲れるわけだけれど、これは、向こうにも自覚があるから、意外とどうっちゅうことない。
気を使って疲れること。
共同発表機関が複数、時に、多数に及んで、もう、あちらを立てればこちらが立たず、どっちがどうの、東京がどうの、仙台がどうの。まあ、気をつかうこと。こっちは、大した時間かからなくっても、終わるころには、あの、全く頭のかたい**め!、みたいに感情がたかぶっちゃったりして、気が疲れるわけです。
でも、神経が疲れるっていうのが、ね。
発表される研究成果。確かに、科学の進歩には違いない。
病気の原因が、例えば、基礎的にわかったとする。
そりゃ、根本治療に向けた一歩。
マウスで何かができたとする。
それも一歩。
しかし、そこに一喜一憂する患者さんがいて。 で、それだけならばいいけれど。
病気の原因の解明、っていうのは、それは差別の芽をはらむ。
あるいは。もっと困るのは、自責の念を生じる芽をはらむ。
この子がこうなのは、私があの時ああだったから、こうしたから、あるいは、そうしなかったからじゃないのか。
成果をみて、そう思ってしまう親たちがいるかも知れない。
違う。それは違う。
この成果が届いてしまう、
その誰かに、違う、絶対にあなたのせいじゃない、
あなたは無実だ、
とまず、叫んでから、届けなくてはと思うような、
そういう成果について語るときが、一番、くたびれる。
そう言えば、最近、プレスリリースが続いてる。
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火曜日, 12 月 21st, 2010
相当ひさしぶりの更新だけれど、構わず、適当に。
11月に出た、Society for NeuroscienceのAnnual Meetingの数字がメールで来ていた。
Neuroscience 2010 by the numbers:
31,975 attendees
110,000 push pins ordered to hold 15,116 poster presentations
17,014 unique downloads of PDF daily books and abstracts
15,565 Neuroscience Meeting Planner itineraries prepared
27,000 cups of Starbucks coffee sold during the meeting
14,500 meals served at the San Diego Convention Center
3,300+ tweets for #sfn10
577 exhibitors
だそうだ。
こういう数字をちゃんと、しかもすぐに出せるのはいいこと。
因みに、SfNは、全米のMedicalが関係ある学会の中で、6番目の規模だそうだ。
http://www.hcea.org/research_top50.asp
しかし、dental系が上の方に多いな・・・。
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水曜日, 11 月 17th, 2010
まだ終わったわけではなくって、もう一日あるわけだけれど、今回のSociety for NeuroscienceのAnnual Meetingで僕が出た中で出色だったのは、The Brain on traial: Neuroscience Evidence in the Courtroomと称した特別イベントだ。いわゆる公式イベントではなく、スポンサーのついたサテライトイベントだから、ろくにプログラムに載ってなくって、気づかなかった人も多かったかも知れない。会場もメインの場所から離れていたし、18:30からの開催で競合のSocialは多いし。僕は何しろ眠かったけれど、何とかおおよそは聞くことができた。
壇上には、弁護士が一人(本職ね)、法学者が二人、医学系の脳科学者が二人。前二人が弁護士役、後ろ二人が、法廷に呼ばれた専門家役。要は、2対2で模擬裁判。もう一人、判事役は、脳科学者だったのはご愛嬌か。
で、2時間弱にわたって、まともに応酬するわけです。
想定されているケースは、一言でまとめると、同じ建物にいて付き合っていた男と別れようとしたら、半ばストーカー化して、引っ越して逃げようとしたら、大家から話がばれて、殺された、という案件。状況証拠、物的証拠はそろっている。どういう証拠がどうあって、といったあたりが客観的に書かれた紙が配られている。
で、罪状をめぐって、なんだけれど、第1級か第2級かをめぐって争うわけです。故意の殺人でも、計画性の有無で、米国は分けているあれですね。で、被告の脳画像が示されて、前頭葉に大きな損傷が認められる、と。これでは第1級はそもそも無理、とする弁護側。
議論の中身の詳細は、英語力の不足もあって、正直、ちょっとわからないところも多かったです。
で、これを、最終的に、まあ、客席を、陪審員席と見立ててやっとるわけです。
あんまり演出はしていませんが、まあ、演技っつっても、それぞれ、そのまんまで良いわけなんで、迫真は迫真だったといえるし。
僕も、こうして、具体的な物語の中に先端科学がつきつける問題を落とし込む、それを、法廷を舞台にやる、っていうのは、拙著「予定不調和」の中で試したわけですが、しかし、やっぱり、僕のと違うのは、詳細に立ち入っていること。もちろん、あの本の中で、ひとつの話で一冊使う、っていうつもりで書いていないから、あの分量ではあの感じなのだけれど、それぞれのプロがその部分をきちんとディテールまで描きこむとこうなるのか、と改めて。
東北大学でも法学部の学生たちが、模擬裁判をやっていて、すでに、50回以上、一年に一回が基本だから、半世紀も続いているっていうことかな、すごいんだけど、どうにも日程が合わず(今年も、このSfNの期間中)見たことないのだけれど。
学会の大会って、大きくなると、いろいろ試すことができる場になる。大きくなくても逆にできることもあろうけれど、やっぱり、ひとつのイベントを端っこでやったときにも、集まる人数は違うわけで。
このほかにも、当然、キャリアディベロプメント系統の企画はあるし、論文の書き方、グラントの書き方のセミナーもあるし。もちろん、日本の学会でも、動物学会がやっている「動物学ひろば」は注目に値するし、日本生理学会は、大学の模擬講義と称して、人気の高いとされる生理学系の講義をその場でやってもらう、っていうのもあったり。
こういうのちょっと事例を集めてみたい。(ということも一部含んだ、研究計画を作って出したんだった)
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月曜日, 11 月 15th, 2010
(同日に追記あり)
数ヶ月にわたって、ほとんど放置していたブログを立て続けに更新している。海外に来ていて、インプットが多いっていうこともあるけれど、基本的には普段から考えていたことで、要は、どうにもまともに、文章にまとめる時間なのか、そういう時間を作ろうとする思いなのかが、いつもは足りないのだ。もちろん、海外に来ても仕事が減るわけでないのだけれど、うーん、土日なのに働いている、日本からのメールは、やっぱり週末は激減する、いないことを知っている人が多いから連絡が来なくなる、とか、まあ、そういう理由で、余裕がある感じがする(たぶん、帰国までは待ってやろう、という心の広いクライアントに甘えているだけ)のかも知れない。
Society for Neuroscienceの記者会見の、あり方と内容を、今日の9時からあった、Oxytocinについてのものを例に語ってみよう。僕自身、海外で、プレスの資格(大学広報は大抵、プレスの資格を取れる)で出たことがあるのは、このSfNのほかに、AAASとほかにひとつくらいなんだけど、大体、同じ形式を取っている。SfNは、3万人以上が参加する世界最大の学会のひとつだから、もっとも組織化されているだろうとは思うけれど。
SfNは、公式には、11月13日~17日の開催。12日にもプレプログラムはあるし、11日にも何かやってはいるが、大体の参加者は、13か14に集まる。プレスルームは12日の午後には開いているが、記者会見があるのは、14日からだ。14日、つまり、今日、4つの会見があり、明日も、明後日も4つずつある。14-16日は毎日開かれるが、17日は開かれない。会見で扱われるのは、基本的に、その後に、シンポジウムで、ポスターで、あるいは、招待講演で話される内容だ。
14日の記者会見は、9時、10時半、12時、14時にそれぞれ始まる。それぞれにタイトルが、Oxytocin, Prenatal Risks, Obesity, Virtual Reality。会見それぞれは、1時間くらいで、研究者側からの発表は30分程度、質疑が30分程度で、僕が東北大でやっているのと、時間的な割合はそんなに変わらない。
ただ、30分で、一人の研究者がひとつの内容について語るのではなく、大体、登壇者が4人いる。だから、発表者一人あたりの時間は、5-6分。会見場は、写真をアップすればいいのだろうけれど(今日はカメラをホテルにおいてきた)、いわゆる雛壇になっていて、横に4-5人がワイドに並んで、サイドに、片側は演壇、片側はスクリーン。
(このタイプの配置は、僕としては少し苦手。スクリーンと演者が同時に視界に入らないから。英語が得意でないから、どうしても、演者の口元を見ていないと、聞き取りの量も質も落ちる。うーん。)
最初に、おおよその紹介をSfNのプレス担当がする。まあ、タイトルとモデレーターの紹介くらい。出席者は、今日のOxytocinのやつは、興味をひく内容だったのか、2-30人がいる。うち4-5人は、プレスではなく、プレスゲスト。発表者の、共同研究者とかだ。
以下、科学的な事実は裏を取らずに書いている。あまり適当に信じないで欲しいし、間違いがあったら、どうか連絡してほしい。
Oxytocinはペプチドホルモン。どうも哺乳類には共通にあるみたいで、4人の発表は、ヒトの話もあれば、マウスの話もあった。体内(どこだかわかんなかった)で作られて、脳に作用する。社会的な行動、コミュニケーション、他の個体との結びつき、幸福感なんかに関係があるとされ、特に、母子間の関係の強化に効果があるとされる、らしい。母乳が出るときに、脳内で効いたりする、とか、そんな感じだ。
会見では、モデレーターが一人、今回のOxytocinのでは、Maryland大のM.McCarthy博士が務め、彼女が冒頭で、Oxytocinについて、ベーシックなイントロを5分やる。このモデレーターが、自らの研究成果発表も兼ねて行うこともあった(去年、一昨年)けど、今回のMcCathyさんはモデレーターに徹していた。
去年、僕が、SfNの広報担当に口頭で聞いた範囲では、記者会見のテーマは、大会の実行委員と学会広報が協議して選ばれる。その協議でモデレーターが決められて、モデレーターが発表者を選ぶ。多分、この方式が取られているだろうから、McCarthyが他の4人を選んだ、ということになろう。ここは、今日、SfNの広報ディレクターのToddに詳しく訊いたら、若干違った。まず、すべての投稿を査読する際に、査読委員(研究者)が社会的に広く伝えるに値するか否かのチェックをして(この方式は、多分、入来先生を通じて、日本の神経科学学会に取り入れられている)、一次的な絞込みを行う。そうすると、数百とか800とか、そういう単位で残る。そこから、もう少し少ない人数のPress委員的な委員会で絞り込んで行って、その上で、カテゴライズと、各セッションのモデレーターを決めていく、とのこと。なるほど、それなら、セッション名にどうにもそぐわないような発表があったりするわけだ。
4人は、Claremont大学のPaul Zak、Northeastern大学のMartha Caffrey、Illinois大学シカゴ校のJason Yee、Emory大学のLarry Young。正確なところはわからないが、ZakとYoungはPI、CaffreyとYeeは、PDだと思う。Zakは2つのアブストをもとに発表したから、取り上げられた研究は5つ、ということになる。
プレス登録すると冊子がくばらられて、そこに期間中に発表されるNews Releaseが全部綴じられている。12の会見に4-5つずつくらいだから、総計50くらいのSummaryがある。そこに、News風のイントロと、それぞれの学会発表でのテクニカルなAbstractが載っている。出席する記者は、30分くらい前から、その該当箇所をちょこちょこと読んで予習している。そして、会見場に、それぞれのプレゼンのハンドアウトもある。大体、スライドで5-6枚が、2ページ/枚の配布資料形式でフルカラーで配られる。
Zakの最初の発表は、What Makes Woman Happy。見知らぬ人から24ドル相当のプレゼントをもらった上で、それに対して、どんだけの対価を返すか、を、Oxytosinがどれだけ出てるかを関係付ける、そんな研究だ。Very happy women return 68% more money to a stranger who trusted them than very unhappy women (65% of money they controlled vs. 39%) とか、なんとか。何がHappinessをつくるか、などの記述もあって、Key findingsには、Happier women have more sex with fewer partners and secure attachment to them. とかあって、これ一体、どっから出てきたんだ、と。まあ、詳しくは、月曜の学会発表を聞かないとなんだろうけれど。
Zakのもうひとつの発表は、Oxytocin increases the influence of advertising.40人の男性被験者に、Oxtocinを投与した上で、公共的な広告を見せて、寄付するか否かをとったら、有意差が出た、と(コントロールはプラセボ、たしか、salineって書いてあったから、生理食塩水だと思う)。
どちらも、神経経済学、といえば、神経経済学なんだろうな。
偏見なんだろうけれど、スマートな容姿の研究者が、ジョークを交えた流麗な弁舌で、見せてくれるデータが、なんか、すっかり処理しきった後のきれいな棒グラフとかだけだと、なんだか、とりあえず眉唾つけてみたくなる。ただ、質疑で突っ込むだけの英語力がこちらにない。
Caffreyの発表は、Oxytocinが出てこなかった。まあ、そういうこともあるのだろう。drug abuseの状態でも、子供がいると、そのdrugに反応しなくなる、っていうような研究。これは、マウス。コカイン好きなマウスを作っておいて、コカインのにおいに反応するようにしておいて、でも、newbornのpupと一緒の時は反応しない、と。研究としてはここまでなんだけれど、中で、多分、このときはOxytocinが出てるから、とかそういうことで一緒にされた、という感じ。あるいは、そういう手の研究を、すでに、同じグループがしてるのかも知れない。
Yeeのデータは、not publishで、今回初めてポスターで話す、といっていた。oxytocin, stress and social bufferingというタイトル。こちらも、マウス。oxytocinを打つ、一旦、水浸しのところに入れて、ストレスにさらす、普通の環境に戻して仲間と一緒にしてやる、っていうプロセスをとると、最初に注射しとくか否かで、最後に戻してやったときのendogeniousなOxytocin生成が促進される、とかそういう。
最後の発表は、Young。Oxytocin promotes Pair bonding in monogamous prarie voles。要は、メーティングに効いてるよ、っていう話だった。ただ、これを、Autismとの関係で、モデルとして、使って、useful to screen drugs to enhance social coginition in Autismとな。気になるけれど、ちょっとわからん。
この4人、5つの発表が、立て続けにあって、質疑に移る。質疑は、会場に立てられたマイクの前に、記者が進んで行う。AAASだと毎年見かける名物記者がいるけれど、あまりそういう感じの人はいない。ヒトに使った場合の副作用の質問と、軍事利用に関することなんかが言われていた。Oxytocinなんて、インターネットで簡単に手に入るけれど、長期的にどうなるかは誰も知らないんだよ、って、会場の方にいた、Yeeの上司?と思しき、Sue Carterが語っていたのが印象的。
質問は7-8つ出て、終了。日本の会見と違うのは、会見終わった瞬間に名刺交換したり個別の質問したりしようと記者が研究者の前に列作ったりしないことかな。
ここまでで多分、お気づきと思うけれど、とくにYoungなんて、招待講演なので、必ずしも、新しいデータを語るわけではない。Yeeは新しいけれど、ほかは、今日発表!、みたいなニュース性では勝負していない。良し悪しはあるだろうけれど、ここは、モデレーターの色が実は強くでる。Oxytocinでこの4人を選んでストーリーを作っているのは、彼女なんで。
さて、期間中、関係のニュースが出たら、会見場の隣にあるプレスルームに貼り出される。Oxytocinでどんなんが出るかも、可能な限りフォローしてみよう。
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日曜日, 11 月 14th, 2010
サイエンスアゴラも5回目になるということです。
一番最初にスタートするときに、そんなにやりたいなら、仕方がないから、一回くらいは目をつぶってやる、というようなことを、直談判に行った先で言われたことを懐かしく思い出します。始めちゃったら、やめるにやめらんなくしちゃえ、と、心の中で思ったのも覚えています。ええ、それなりにそうなったんだと思います。
今回、いわゆる実行の側で、委員とか、何の役割も背負っていません。代わりに、っていうわけでないですが、出展します。楽しげな企画に仕上がりつつあるんじゃないかなぁと思っておりますが、企画するのは結構難しかったです。成功させるのは結構難易度が高いものかなぁ、と思うイベントですが、すでに成功していることがあります。ご出演いただく方々をお誘いすることです。これだけ皆様、お引き受けいただけるとは。感謝の言葉もありません。
イベント概要:
タイトル; 対決!サイエンス大喜利
日時;11月21日(日) 12:45〜14:15
場所;日本科学未来館 7階 会議室2
登壇者;
評者:
菊池誠(大阪大学 サイバーメディアセンター教授)
蛇蔵(コピーライター/漫画家;「日本人の知らない日本語」著者)
回答者:
永山國昭(生理学研究所教授;「サイエンスウィンドウ」編集委員長)
元村有希子(毎日新聞;「理系白書」キャップ)
吉戸智明(筑波大学計算科学研究センター広報室)
(他、調整中)
主催:長神 風二(東北大学) 内田 麻理香(サイエンスコミュニケーター/カソウケン)
参加費;無料
参加お申込をお願いしています、その他、詳細下記からお願いします。
https://sites.google.com/site/scienceogiri/
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日曜日, 11 月 14th, 2010
海外の大きな学会に出ると、その大会プレスの充実ぶりに驚かされます。
今、来ているのが、アメリカの、数万人参加のものだっていうこともあるんですが、ある程度、共通に言えることでもあろうと思います。プレスルームにはスタッフが4人、期間中に行われる記者会見は12回、ルームには、ネットにつながったPCとプリンター、専用の無線LAN(大会には別途、会場内に無線があるけれど、巨大学会だけに、午後のハイタイムには口がふさがっちゃうのか、つながらないことがある)、コーヒー、そんで、朝食。ほかに、レセプションもある。当然、登録は無料。
優遇の理由は、もちろん、社会との接点を大事にしているっていうことではあるんだけれど、もうちょっと、穿った見方をすることもできる。優遇しあっているのは、ある意味、同類だから、とか。
Society for Neuroscienceの広報担当スタッフは、やっぱり、それなりに入れ替わってる。一昨年、去年と世話になった人はもういないみたい。入れ替わる先は、大抵、同じ学会本部の別の部署、とかでは、ない。他の学会の広報セクションだったり、学術ジャーナルだったり、学術機関の広報だったり、あるいは報道機関だったり(これは最近、どちらかというと、人が減る方向みたいだけど)。
キャリアパスとして、ある程度、業界があって、その中での高度専門化、みたいなことがあって、そのあたりが、ある意味での、同類。
ただ、どうしても、いい面はあって、やっぱり、その領域での専門性、みたいなことは高まって、その中での人脈とか、培えるものって、いくらもある。広報の例で言ったけれど、サイエンスコミュニケーションもそうだし、研究倫理もそうだし、あるいは、どんどん制度が複雑になっていく研究費担当なんかも、そう。
そうしたら、ってことで、リサーチアドミニストレーターっていう職というか、制度というかを、今、考えられていて、そっちの専門性も、というか。
大きな方向性としては、間違っていない、と思う。ただね。
大学の職員にしても、ファンディングエージェンシーにしても、なんというか、ぐるぐる回る定年制の職員を前提にしているわけで、制度としては。広報もそうだし、新設なるであろう、リサーチアドミニストレーターにしても、使い勝手のいい年限付のポストで様子を見る、っていうことばかりに落ち着く。
こうすると、どうしたって、制度としては、いつ切り離してもいいように、っていうような態度が見え透く。
職員全体を、現在の雇用含めて見直して、っていうほど、ドラスティックなことせんと、・・。
なんか、海外の学会に来るたびに同じ事を言ってそうだ。
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