Community, Communication, Co-passion
日曜日, 9 月 25th, 2011
日本神経科学大会の実行委員は、実は3年連続なんですが(そんな人は他におらんだろう)、今まで2年は小泉周兄貴のもとでプレス対応をしていればよかったのですが、今回は、市民向けの企画、総合して担当なんで、はたとまず考えました。
「学会が」ではなくて、「学会大会が」考慮するべき、社会との接点、って何だろう、と。
まあ、大きな学会大会は、大体が、市民公開シンポジウムを1回開催するわけです。100名やそこいらは集まりましょう。しかし、横浜なんて、山ほど学会があるし、大体、首都圏に近いし、それで市民講座って言っても、特別なことはないしねぇ・・。動物学会がやってるような動物学ひろば、を全国巡回(あちらの学会はサイズ的に、結構小さい都市でもできるし)できるならいざ知らず。
で。
大会開催の、開催地元への貢献を、曖昧に捉えるのではなく、狭く絞って捉えてみようか、というのが今回の試み。一つ前のエントリーで書いた、高校生を招くっていうのが企画でした。地元の高校生。僕は、これができれば、アリバイ作りみたいな一般公開講座はいらない、と思い、そのように提案しました。
しかしね、これ、批判を受けました。30人やそこらの高校生だけを優遇して、100人以上の規模のシンポをやらないのでは、学会はエリート主義と思われる、と。何だかね・・・。そんなこと思う人、いるかね・・?
で、結論は、じゃあ、一般公開講座「も」やる、しかも、仙台と横浜の2回。 と、自らのスケジュールを顧みない道に突き進んだのはともかくとして、もう一つ、非公式イベントだったのが勿体なかったイベントが一つ。
「横浜開催」と言っても、パシフィコ横浜では、山のような数の学会大会が、行われているわけです。で、会議に来る人々は、あの会議場と、ホテルを往復する1-2泊を過ごして、いつの間にかいなくなり、その会議について横浜の地元の人々は何も知らずに終わるのです。
なんだいそれは。
ならば・・・、と考えたのが、公式にする時間が切れて非公式行事になった9月16日夜の企画。ダチ公・岡本真が率いる(?) 「くるくる関内」との共同企画。
学会からの参加者を誘うのに僕が使った文句は、「ゆるいサイエンスカフェに御協力下さい」
くるくる関内側が使っていたのは、「夜のサイエンスカフェ」。
まあ、どっちも何とも怪しいですね。
ポイントはいくつか。
・研究者や科学の関係者が主催してそこに御客さんを呼ぶのではない。
たくさんあるサイエンスカフェがなかなかできないことです。うむ。
・もともとある「別の」コミュニティに、科学の関係者側が「入れてもらいに行く」
今回の場合の、「くるくる関内」がそれにあたるんですが、要は、関内で”くるくる”と飲み歩く、っていう人たちです。
この辺、時間設定も含めて、参加者募集、っていうのが、なかなか難しいものになるなぁ、というのはあります。
・向こうがある程度、徒党を組んでる以上、こちらも徒党を組んで乗り込む。
今回、5人の神経科学関係者が乗り込む、という形で、当日、よく見たら7人いました。
意外と見落とされている点ですが、「演者」が一人や二人、っていうのが、通常のカフェなどのパターン。こうすると、「登壇者」「話者」として、やっぱり、「特別」なのかも知れないと思います。今回、”わさわさいる”けれども、多過ぎはしないことが一人一人の”権威”を、ある程度はぎとれたかと思います。
・最初の話題提供は、とてもいい加減に。
5人が、10分話したら勿体ないので、結局、一人、5分も話しませんでした。5人(結局、7人)が立て続けに、2分くらいでサワリだけを、僕との対談で話して、あとは、テーブルトークへ、という流れ。
結果的には、見たことないほど盛り上がって、2次会は2時半くらいまで終わりませんでした。
で、ちゃんと話題も脳科学が中心になっていました。
(酔っぱらってよく覚えてませんけど)
Contentsがあって、Contextにのって、それがCommunityをもっていれば、よいCommunicationになる、というようなこと。
双方向性のコミュニケーションのことを思います。何かそれが目的のように言われることはあるけれど、どうも違うんでないか、と。
目的ではなく、手段。初めての人同士でも、双方向のCommunicationが有効に行われることによって、そこに疑似的ながらCommunityが現出したりする。もとから、何かのCommunityがあったりすれば、なおのこと。
間違いなくあの場で立ち現われていた、Co-passionのことを思い出しながら。