続かない晴れ間に
火曜日, 8 月 9th, 2011
すっきりしない日が続きます。7月頭の、あの陽気が嘘のように。決して暑くないことはないのですが、毎日一度は、大雨の気配を嗅ぎ、必ずしもその通りにはならないものの、空を見上げる日が続きます。ちょっとした揺れに対して反応する自分にも似ています。
先月末に、トークイベントを開催しました。考えた末に実施したつもりでしたが、結果として、自分のパフォーマンスはいいものではなかった。いらして下さった人、出て頂いた人、一緒に準備してくれた人、手伝ってくれた人々いらっしゃることもあり、イベント全体を失敗だったとまでは申せません。が、それらの方々に、消化不良のものを見せつけてしまいました。力不足を思います。
企ては、自らの中の「負い目」と、あるいは、そして、外側に向かう「うらみ」と向き合うことでした。どう整理していいのかわからないまま、抱え続けています。苦しいので、何とかしたいという思いから考えた企画でしたが、それを解消する方向には行かなかった。原因を考えています。
イベントの成否そのものについて。こちらは、多くに、聞き手の技術論にも拠ります。これは、あまり書いて仕方のないこと(ほんとはそうでもないですが)なので、取りあえず、措きます。
このエントリーを書く前に、書きだそうとして、最初につけたタイトルが「負い目と、刃と」。
苦しいのを何とか解消しようと、と書きました。確かに、そういう思い。苦しいのは、恐らくにも多分にも、一種の「負い目」のせいです。3月の末に、消してしまったエントリーで書きました。
”多くの、遠くにいる人々は、事態に対して、ある種の罪悪感を抱いているように思います。そして、心底、被災地の人々の役に立ちたいと思っているように見えます。こちら側からはそれは、ある種、「そちらの事情」に見えてしまう。時に、真剣であればあるほどに。これは、一つの、本当に大きな断絶なのですが。”
これを書いた時には、仙台を、東北として被災地に含めて話をしていて、今は、中途半端に、沿岸部のどこやらを知ってしまっている身として、宙ぶらりんな立場で、4か月少し前に自分が宙づりにした言葉を、眺めています。「負い目」が「負い目」だけでなく、「うらみ」が混ざっているところから、次の苦しみが始まっています。
そろそろ率直に言えるようになってきましたが、非被災地に対する「うらみ」が募ってきていました。いまだあまり、ロジカルな言葉にならないのですが、やり場のないものでした。伝わる表現を探し続けています。個別具体的に色々あるにはありましたが、最終的に、“絶対的な被害者の立場に追いやられて整理されてしまっている感じ”でしょうか。
もちろん、自らが危険にさらされているわけでもないのに、まるで危険にさらされた人の代理であるかのように振る舞い、放射能について喧伝して、もっとリソースを割けと要求して、その結果、別のもっと深刻なところからリソースが奪われる可能性を顧みない人々に対して、怨嗟の感情を感じる、というのは強くあります。が、どうも、それだけではないし、それが主要というわけでもない。
今、少し、強い言葉で書きましたが、こういう怨嗟、に仮託したい何か、に目を向けないといけない。
どうも、自分は、怨嗟に「仮託したい何か」を怨嗟そのものと、負い目を刃と、混同していたのではないか、と気付くようになってきました。イベントの話に戻ってきました。
「負い目と、刃と」のタイトルに自らダメだしして、次に考えたのが「向き合うのか、向かうのか」。負い目に向き合うつもりになって刃を向けようとしている自分を思います。仙台という場所で、考えるならば、「負い目」には向き合わなくてはならないし、そして、それは、何かに仮託して「向けて」しまうには切れ味は鈍くとも重く響くものになってしまいます。
自分について言えば、「激甚被災地を前になにほどのこともできていない自分」をそのまま受け容れることが難しいことを考えるのに、中途半端に、自分自身がある程度被災したこと、を使ってしまっていたことをやめること。どちらも受けいれて、肯定すること。
「蜘蛛は網張る 私は私を肯定する」 (種田山頭火)
さて。
今日読み返すまで、忘れていましたが、4か月前に消してしまったエントリーは、先に引用した後、こう続けていました。
”こうした断然は、恐らく、そこかしこに、怒りを生んでしまい、そして哀しみしか生まないのです。
仕方のないことかも知れません。
お互いの間を隔ててしまう断絶を、埋めがたい断絶を、いきり立って埋めようとするのでも、青筋を立てて飛び越えようとするのではなく、なにか、そっと包み込むような何かができないかと思います。”
すっきり晴れなくても、それはそれでいいではないか。
空を見上げて、そう思えるようになってきました。
あと数日で、5カ月です。どうか、必ず一度、現地を、見に来て下さい。
どうやら、とんでもない、かつて経験したことのない長期戦です。