いくつかの、フォーカス

16年前に、友人と共に数日、神戸に行ったのは、ちょうど2月20日前後でした。1か月と少し。今の時分と対称をなします。記憶が不確かなんですが、市役所だったか図書館だったかに雑魚寝させてもらって、物資の仕分けと、炊き出しの裏方をやったのを覚えています。あの時、1か月経って、神戸の中心街では、店が開き始めていた。今の仙台の中心部は、もう、あらかた開いています。今回の特徴は、被災地では、という言葉が、あまりに多様さを示していること。仙台、とひとくちに言っても、仙台駅から10kmも行かないところでは、まだ、1か月前からほとんど変わらない状態だったりします。
東北大学の被害が全体でいくら、というようなニュースが出るようになりました。同じ大学でも、市の中心部から主要なものだけで5つのキャンパス、様相は全くことなります。そして、キャンパスの中でも、建物によって様相が全く異なり、更に、フロアによって、相当に異なります。お互いの状況をおしはかることをとても難しくさせています。
転居を余儀なくされている人々がいます。沿岸部もそうですし、放射線の影響の地域もそうです。都会で育ち、転居を繰り返した人間には、私もそうですが、なかなか、その辛さが理解できない。理解できずに語られる言説にも出会います。こうした土地の多くの人にとって、土地は生活とイコールです。都会で育った人に想像するには、逆を想像しないといけないかも知れない。単に、転地する、というだけでなく、恐らくはデスクワークをしているその人に、今すぐその仕事を辞めて、第一次産業中心の土地に引っ越し、そこで、農業なり漁業なりを一からやりなさい、と言われたら、どう思うか。すぐに決断できるか。
あるいは、住む場所、生業を実質的に失ったけれど、家族だけはなんとか命をとりとめた方々がいます。話を聞く人は、つい、口をすべらせます。「命だけでも助かってよかったね」、と。そうした言葉は深く深く、傷つけます。そして、正直な人は、即座に、「何がわかる。死んだ方がマシだった」とつかみかかるような反応を返す。その立場を想像できるかどうか。

大変な人たちがいる、と、漠然と受け止めるのではなく、なにか、いくつかのフォーカスを持つことを考えます。
個別具体的に、状況を設定して想像することで、そこから演繹していく。
リアリティを持つ、一つの方法です。

僕が仙台でなくしてしまっているリアリティは、全国的な問題とか、国際的な視座とか、でしょうか。
いまだに、原子力発電所の問題が、健康の問題に限って言えば(経済、外交、安全保障、エネルギー政策などは措いて)、30km圏外の人が強く反応する感覚を、なかなか共有できません。地震と津波によって命を落とされた方の数が、安否不明の方の数を合わせなくても、チェルノブイリが原因でなくなったとされる方の数(IAEAの報告をとれば、4000人ないし9000人)を上回ってしまっている、ということもあって、どうしても事の軽重の扱われ方が違うような感覚は、いまだにあるのです。

東京で暮らし続けている自分、という想像も持たないといけない、とも考えます。

断絶を超えていかないと、以前は、書いたのですが、どうも、やっぱり、いろんなところで広がってしまっているのを感じます。



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