考えることの向き

数日前に、このポスターをつくっていて、やっぱり、最終消費者志向で考えようとするのと、普段の理系の思考とで、まったく向きが違うんです。
http://www2.atword.jp/science/2011/04/06/

まず、大事なことは、危ないかどうか。放射能とかっていうのは、放射線が出てDNAを切るから危ないわけです。そこで、対策しないといけない、浴びないように。そこから入るわけです。
そうすると、「放射線」っていう概念は、実に混乱した概念なのです。
紙一枚で遮ることができるのも放射線、コンクリの壁をある程度つきぬけちゃうのも放射線。種類が違うったって、ねえ。
見えない光です、って片付けちゃおうとしたら、粒子もありますって。いや、まあ、そうなんだけどさ。
その辺で、ぐちゃぐちゃになります。
で、結局、整理としては、内部被ばくと外部被ばくは、明確に対策が違うから、分けて、それを分ける理由について、ああ、だからなのかな、とおおよその理解ができて行動に応用ができるところまで、絵解きしていこう、と。

対して、理系の説明は、向きが反対です。 最初に、あるのは、不安定な原子です。 それが崩壊するときに出すのが、どんな形をとるか、が、核種によって違うから、説明が通りやすい。説明がツリー構造になる。上記の説明では“実に混乱した概念”だった「放射線」が、結構クリアになる。
しかし、ここから始まると、いつになったら、「どうすればいいのか」に辿り着くかわからなくって、途中で苛立たしくなって聴けなくなるんですよね。大事なことにたどりつかない。

方向が違うものなので、間を埋める、というような、そういう種類の作業とは、ちょっと違いますね。 


さて、やらねばならないことは毎日、変わっています。 ニーズは細分化しています。 大きなメディアではこぼれてしまうもの、本当に多くなっています。目立たなくとも、拾えるものを少しずつ拾っています。
先につくったポスターにしても、メディアの方に、「一人でも多くの方に知ってもらいたいですね」と言われて、「いいえ」と答えるしかありませんでした。知って下さる方が多いにはこしたことはないといえば、それはある程度はその通りですが、そんなに簡単ではないのです。 「気をつけること」と書いたことを、文字通りに「気をつける」必要があるのは、かなり限られた地域に過ぎないことに「気をつけなくては」いけなかったりします。そうしないと要らぬ誤解や差別を生む遠因にもなりかねない。カスタマイズの必要性まで含めて、包括的に伝えることは本当に難しいことです。
あらゆる個別化していく事態の中に、次から次へとニッチが生まれます。

サイエンスコミュニケーターがどうとかっていう議論があるそうですが、議論を追う暇もなく、次から次へとできること、やれることが沸いて出てきているように感じています。
日々、追いかけています。 

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