Archive for 4 月, 2011

いくつかの、フォーカス

日曜日, 4 月 17th, 2011

16年前に、友人と共に数日、神戸に行ったのは、ちょうど2月20日前後でした。1か月と少し。今の時分と対称をなします。記憶が不確かなんですが、市役所だったか図書館だったかに雑魚寝させてもらって、物資の仕分けと、炊き出しの裏方をやったのを覚えています。あの時、1か月経って、神戸の中心街では、店が開き始めていた。今の仙台の中心部は、もう、あらかた開いています。今回の特徴は、被災地では、という言葉が、あまりに多様さを示していること。仙台、とひとくちに言っても、仙台駅から10kmも行かないところでは、まだ、1か月前からほとんど変わらない状態だったりします。
東北大学の被害が全体でいくら、というようなニュースが出るようになりました。同じ大学でも、市の中心部から主要なものだけで5つのキャンパス、様相は全くことなります。そして、キャンパスの中でも、建物によって様相が全く異なり、更に、フロアによって、相当に異なります。お互いの状況をおしはかることをとても難しくさせています。
転居を余儀なくされている人々がいます。沿岸部もそうですし、放射線の影響の地域もそうです。都会で育ち、転居を繰り返した人間には、私もそうですが、なかなか、その辛さが理解できない。理解できずに語られる言説にも出会います。こうした土地の多くの人にとって、土地は生活とイコールです。都会で育った人に想像するには、逆を想像しないといけないかも知れない。単に、転地する、というだけでなく、恐らくはデスクワークをしているその人に、今すぐその仕事を辞めて、第一次産業中心の土地に引っ越し、そこで、農業なり漁業なりを一からやりなさい、と言われたら、どう思うか。すぐに決断できるか。
あるいは、住む場所、生業を実質的に失ったけれど、家族だけはなんとか命をとりとめた方々がいます。話を聞く人は、つい、口をすべらせます。「命だけでも助かってよかったね」、と。そうした言葉は深く深く、傷つけます。そして、正直な人は、即座に、「何がわかる。死んだ方がマシだった」とつかみかかるような反応を返す。その立場を想像できるかどうか。

大変な人たちがいる、と、漠然と受け止めるのではなく、なにか、いくつかのフォーカスを持つことを考えます。
個別具体的に、状況を設定して想像することで、そこから演繹していく。
リアリティを持つ、一つの方法です。

僕が仙台でなくしてしまっているリアリティは、全国的な問題とか、国際的な視座とか、でしょうか。
いまだに、原子力発電所の問題が、健康の問題に限って言えば(経済、外交、安全保障、エネルギー政策などは措いて)、30km圏外の人が強く反応する感覚を、なかなか共有できません。地震と津波によって命を落とされた方の数が、安否不明の方の数を合わせなくても、チェルノブイリが原因でなくなったとされる方の数(IAEAの報告をとれば、4000人ないし9000人)を上回ってしまっている、ということもあって、どうしても事の軽重の扱われ方が違うような感覚は、いまだにあるのです。

東京で暮らし続けている自分、という想像も持たないといけない、とも考えます。

断絶を超えていかないと、以前は、書いたのですが、どうも、やっぱり、いろんなところで広がってしまっているのを感じます。



考えることの向き

水曜日, 4 月 13th, 2011

数日前に、このポスターをつくっていて、やっぱり、最終消費者志向で考えようとするのと、普段の理系の思考とで、まったく向きが違うんです。
http://www2.atword.jp/science/2011/04/06/

まず、大事なことは、危ないかどうか。放射能とかっていうのは、放射線が出てDNAを切るから危ないわけです。そこで、対策しないといけない、浴びないように。そこから入るわけです。
そうすると、「放射線」っていう概念は、実に混乱した概念なのです。
紙一枚で遮ることができるのも放射線、コンクリの壁をある程度つきぬけちゃうのも放射線。種類が違うったって、ねえ。
見えない光です、って片付けちゃおうとしたら、粒子もありますって。いや、まあ、そうなんだけどさ。
その辺で、ぐちゃぐちゃになります。
で、結局、整理としては、内部被ばくと外部被ばくは、明確に対策が違うから、分けて、それを分ける理由について、ああ、だからなのかな、とおおよその理解ができて行動に応用ができるところまで、絵解きしていこう、と。

対して、理系の説明は、向きが反対です。 最初に、あるのは、不安定な原子です。 それが崩壊するときに出すのが、どんな形をとるか、が、核種によって違うから、説明が通りやすい。説明がツリー構造になる。上記の説明では“実に混乱した概念”だった「放射線」が、結構クリアになる。
しかし、ここから始まると、いつになったら、「どうすればいいのか」に辿り着くかわからなくって、途中で苛立たしくなって聴けなくなるんですよね。大事なことにたどりつかない。

方向が違うものなので、間を埋める、というような、そういう種類の作業とは、ちょっと違いますね。 


さて、やらねばならないことは毎日、変わっています。 ニーズは細分化しています。 大きなメディアではこぼれてしまうもの、本当に多くなっています。目立たなくとも、拾えるものを少しずつ拾っています。
先につくったポスターにしても、メディアの方に、「一人でも多くの方に知ってもらいたいですね」と言われて、「いいえ」と答えるしかありませんでした。知って下さる方が多いにはこしたことはないといえば、それはある程度はその通りですが、そんなに簡単ではないのです。 「気をつけること」と書いたことを、文字通りに「気をつける」必要があるのは、かなり限られた地域に過ぎないことに「気をつけなくては」いけなかったりします。そうしないと要らぬ誤解や差別を生む遠因にもなりかねない。カスタマイズの必要性まで含めて、包括的に伝えることは本当に難しいことです。
あらゆる個別化していく事態の中に、次から次へとニッチが生まれます。

サイエンスコミュニケーターがどうとかっていう議論があるそうですが、議論を追う暇もなく、次から次へとできること、やれることが沸いて出てきているように感じています。
日々、追いかけています。 

どうでしょう、アカデミア関連発注で、被災地支援を

火曜日, 4 月 12th, 2011

1か月経ちました。雑感を記すときりがないのですが、正念場、これからです。ともかく、経済を回さないと、と思います。倒産が始まっています。これ以上は避けたいのです。被災地の中小企業に、どうか、仕事を!(って、ほかの地域も大変だと思いますが)
私の出自もあって、アカデミアの方で読んで下さる方、多いと思うので、これらの仕事をぜひ!

アイディア1
アカデミア発注の細かい仕事、カモン!

大学・研究所で発生する、リモートでできる細かい発注仕事、

 ・(デザインあがった後の)チラシ印刷
 ・招待状等発送事務
 ・テープ起こし

こういうの、僕に振ってくれれば、適正価格で、宮城の業者に振ったりできると思います。何しろ、今、仕事ないです(そのうち、つぶれる)。印刷は、今、慢性化しつつある紙不足がありますが、普通の紙なら。オフセット印刷も、震災を超えて、動き出しています。
新規の業者登録とか、面倒はあるだろうけれど、概ね、20万円以下の仕事なら、どうっちゅうことないでしょう?公的機関の事務手続きも。
まあ、僕の仕事は増えますが、ひょっとするとクオリティ、あげてみせたりますわ。週2-3件までなら行けるでしょう。
難なら、デザイン込みの仕事もありかな。ちょっとコミュニケーションの問題は出てくるけど。

アイディア2
アカデミアの小さい会議、カモン!

何しろ、いろいろ延期したり中止したりしましたよね?こういうの、どうにかしたい。
折しも、4月末くらいまでには、東北新幹線は戻る。
東京で予定していて、無期延期した会議、どうですかね、仙台開催。
(あるいは、なんなら、福島開催。これ、ベストかも。あるいは、会津若松)

5月になれば、今はひどい状況のホテルも、一気にあくと思う。
工事関係者が、少なくともライフライン関係は今月で、かなりメドがついてくるし。

会場の手配?ロジ?
そんな数じゃなければ、僕が何とかしますよ。
ロジは結構得意だから。

どうでしょうね、それほど、変な話じゃないでしょ?

ポスターのこと

日曜日, 4 月 10th, 2011

ここ数日で、アップしたポスターのおかげか、訪問される方が増えています。
有難うございます。
ただ、ここからが勝負です。

基本的に、ウェブで、こんな辺境のブログまで辿りつけた方は、強者です。
正直なところ、あんなポスターなんか、直接的には必要な方ではありません。
いろいろと御批判もあろうかと思うし、特に、最後の「気をつけること」は、とても気をつけて扱う必要があって、多くの場所では、あれらの行為は全く気をつける必要のない行為です。多くの場所って、ええ、福島原発から30km圏外のほとんどの地域。

それで、何が言いたいかと言うと、心ある方々、ここまでたどり着いたら、ぜひ、もう一歩。
ああいうものが、必要な方が、身の回りにいらっしゃいませんか。
このブログまでたどり着いた方々には、なかなか、遠い作業かも知れませんが、あれをプリントアウトして持って行き必要性を確かめるために話をして、そして貼るとかなんとか、そういう作業を経ないと、最終的には意味を持たないのです。
ウェブ上、ツイッターなんかで取り上げられること自体は、それはそれで一見いいことなんですが、最後の一歩が未完に終わったら、下手をすると騒ぎを大きくしただけで、効果としては、マイナスもあるかも知れないとも思うのです。

大変な一歩ですが、もう一歩。

つづき

水曜日, 4 月 6th, 2011

放射線ポスターをつくってみた(画像直貼り?)

水曜日, 4 月 6th, 2011

放射線ポスターをつくってみました

水曜日, 4 月 6th, 2011

新聞もテレビも結構わかりづらいと思うんで、基本的なことですが、どっか(特に、ウェブアクセスできないような人が多いところ)にはったりできるようなポスターをつくってみました。

(修正してみました) 17:35

追記: 次とその次のエントリで、jpegの直貼りをしました。
因みに、こちら、Concept & Text by Fuji Nagami, Design & Illustration by Miho Kuriki です。
radiationillust2

大事なことの違い、あるいは、長期戦を前にして

月曜日, 4 月 4th, 2011

仙台中心部は日常が戻ってきました。スーパーマーケットは並ばずとも入れますし(もちろん、手に入らないものはあります)、バス路線は休日ダイヤで終バスが早いとは言え、ほとんどの路線が大丈夫です。今日、某メディアの方に、携帯つながるんですか?と訊かれました。沿岸部では、一部つながらない地域がまだかなりありますが、仙台中心部は、18日くらいから既に正常です。僕の地域ではガスはまだ戻りません。北部地域に応援に来ている関西のガス局の方が、宿泊場所を確保できずに、バスで寝泊まりされているという話を聞きました。どうか、多少、離れても、1時間かかる温泉地でも彼らが泊まれることを。往復の時間で作業時間が減って、復旧が1-2日延びたところで、今更、大差はありませんし。

断絶を包みこめるか、と書いた1週間くらい前のブログは、下げてしまいましたが、どうにも多くの方の気持ちを乱したようです。基本的には、激甚被災地とそれ以外、被災地と非被災地、その違いをどうやって乗り越えよう、という話のために書いたはずなのですが、どちらかと言うと、違いを強調してしまったようにとられてしまったことも多かったようです。確かに、違いを表現するのに、結構きつい言葉を使ったからか。

今、大きな違いは、原子力発電所の状況から来ています。福島の原子力発電所も、東京電力も、あるいは、それをめぐる永田町の方々も、毎日、何らかの新しいこと、をメディアに提供してしまいますから、どうしても、「ニュース」を生業とするメディアは、それを大きく取り上げてしまいます。

累積してしまった犠牲者数が、10000から12000になってしまうことが、18000を超える行方不明者の数が、毎日、100の単位でしか減らないことは、メディアにおいては、もはや、ニュースではないのでしょう。

メディアの扱い方が、そのまま、人々の関心を反映している、とは、もちろん、限りません。しかし、およそ、7対3、あるいは、8対2、下手をすると9対1になってしまう、原発関連の動きの扱いと、震災被害の扱いの差を見ると、胸が苦しくなります。人々が、置き去りにされ、おいてけぼりにされ、ないがしろにされているように感じるのです。インターネットでの情報を見ていると、メーリングリストを介して、ツイッターを介して、あるいは、多々ブログなどを介して、交わされている人々の言説もまた、それに拍車をかけるのです。もうちょっとどうにかしてくれ、という感情から、これを、犯罪的な状況、と某所に書いたら、お叱りを受けました。流石に、表現が過ぎたかも知れません。そうですね、大事なことが違ってしまっているのです。

仙台にいる人間は、特に中心部にいる人間は、もうそろそろ被災者ではありませんが、それでもなお、いま一つ、原子力発電所をめぐる一連のことの、関東や関西での受け止められ方がわかりきらないところがあります。怖かったり不安だったりするのは、それはそれでわからないではないのですが、80kmの仙台にいる人間が原子力発電所どうこうに対して、ろくに反応しないのに対して、もっと遠い人々がなにをどうしてなんだろう、と。
ガスがないとか、ガソリンがないとか、あるいは身近にもっと辛い人がいるとか、そういう通奏低音みたいなものが日常に多くないから、遠くの音がよく聞こえてしまうのかも知れません。あるいは、情報が多い分の不安もあるかも知れません。仙台の人間は、余震の方が怖いですから、放射能の長期的な影響の話はほとんど耳に入っていなかったりします。
何より地震直後は何もかもなくなった上に何の見通しもなかったですから、 状況は日に日に上向いています。明日はもっとよくなる、ちょっと我慢すればもっとよくなる、という、まだつらいなりに、「いい」状況もあるのです。対して、非被災地はむしろ、状況が刻一刻と悪化しているのでしょう。
終わりの来ない不安。
そう言えば、地震直後の夜に、ふるえながら真っ暗な中、ろうそくの光を見詰めながら、いつまで続くんだろう、と思ったのを思い出します。手持ちの食糧は食べれば食べるほど、減っていきます。状況は悪化していきそうに見えました。
ちょっと違うけれど、あの気持ちと近いのかな。

なんとかだいぶ、想像するよすがができてきました。
僕自身は相変わらず、仙台にいる限り、放射能や放射線の何が怖いか実感はできませんが、侵食されていく恐怖は理解できてきました。今まで、理解できていなかったけれど、今日一日考え続けて、すこしは近づいた気がします。
そして、原子力発電所から数キロ圏内 が最終所在地だった行方不明者のことを、一日一度、もしそれが自分の家族だったら、と想ってみることもしています。こちらは、想像力の埒外ですが、想像することだけならば。

長期戦がはじまりました。


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