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一方室内では19世紀のクラシック音楽が奏でられていました。その中でも最も身近な楽器が88鍵上で、オーケストラの出しうる全ての音色を再現できるとさえ言われているピアノでした。
こちらは譜面に書かれた音楽です。そして、クラシックとジャズのつなぎ手をしたのがラグタイムです。
西洋音楽の和音に、アフリカ黒人のシンコペーションを取り入れた非常にリズムカルな楽曲です。こちらもツー・ビートが主体で、強調する拍のずれが大きな特徴でした。
右手でメロディー・ラインを奏で、左手で和音を奏でるという左手が大幅に左右する奏法は後にストライド・ピアノの奏法として発展してゆき、譜面に頼らずに即興で演奏をし始めたピアニスト達により、ジャズの先駆けとなりました。
ラグタイムを即興した時点でジャズが誕生したのか、ストライド奏法を認識した時点がジャズの誕生なのか、線を引くのは非常に難しいです。
その後はこのジャズというスタイルが急速に発展していきましたので、初期のジャズに関しては譜面の残っているものが少ないのが残念なことです。
黒人が白人を真似たというのは当時白人しかピアノや譜面に書かれた音楽を持っていなかったわけですから必然的なことなのです。
ラグタイムがブルースを取り入れてジャズを生み出したという観点は、明るく楽しいラグタイムに沢山のブルー・ノートを加えて暗い短調の趣き深いジャズを生み出したということなのでしょうが、実際に調べてみると短調のラグタイム曲も沢山世に残っています。
特に見逃しがちなのが、ブラジルなどのラテン・アメリカの要素を取り入れたピアノ曲がラグタイム曲として多数残っているということです。
そして、ジャズの誕生といえば、ツー・ビートがフォー・ビートに変わったということです。皆が皆、ステージで何かしらやらかしてやろうと客の目を引いたのがジャズのステージでした。
ですから、曲1つではなく、ジャズそのものが常に変化している物であったのです。ですから、どこからどこまでという境界線を引くこと自体が不可能なことで、ジャズとは時の流れの如く、その瞬間瞬間を楽しんだ音楽なのです。
2度と同じ時間が流れないように、2度と同じ音も奏でられない。そんな人が生きる上での哲学がジャズにはたっぷりと隠されているのです。そして、ジャズ・ミュージシャン達はその瞬間瞬間を燃えるように生きたのです。
- ブルースのルーツはむしろ、フォーク・ソングやカントリー・ソングを奏でていたバンジョー弾きやギター弾きと関連深いものだったと察します。
これらの楽器では、様々な音色や広い音域を持ち合わせたピアノとはかなり異なり、超絶的な演奏というよりは、単純なコード進行を中心に楽しんでいたのだと思います。
またピアノよりは手頃な楽器で野外演奏も可能でした。ですから、当時は白人よりも黒人の演奏家が多かったはずです。譜面がなくとも、音楽教養がなくとも、最低3つのコードさえ覚えれば演奏可能であったこともブルースの特徴でしょう。
8バー、12バーのブルースもそういった環境の中でごく自然に生まれたのだと思います。そしてそれらが、全ミュージシャンの共通語になるまでには様々な歌詞が歌われてきました。
伴奏が単純ですので、その歌詞は永遠にあるかの如く複雑で、同じラインをリピートしながらも、沢山のフレーズが登場します。
野外演奏をしていたマーチング・バンドが室内演奏をしだした頃に、ピアノに続きウッドベースがジャズ演奏に幅広く取り入れられました。そこで一儲けしたのが、当時ラグタイム・ピアノ譜を販売していた出版者達です。バンド・ブームの到来と共に沢山のバンド譜、パート譜を要したのです。
ラグタイム畑の人たち、ブルース畑の人たち、マーチング・バンド畑の人たち、色々なミュージシャンが肩を並べて演奏したのがジャズ・バンドの始まりです。
そして、戦争により、人種の坩堝アメリカが統一され、白人も黒人もユダヤ人もヒスパニック人も関係なく兵士となり、黒人系ニュー・オリンズ・バンドも白人系ディキシー・バンドも肌の色はもはや関係なく一緒に奏でたのがビッグ・バンドの始まりです。
国民が統一されたので、メンバーが増えたというわけです。そこで活躍したのが、アレンジャーや指揮者です。
また、マイクの発明により、張り上げ系の黒人より、見栄えの良い白人が採用されるようになり、スイング音楽がダンス・ホールを埋め尽くし、これらのバンドはやがてハリウッドへ移動していきました。
この影響で東海岸のジャズが西海岸へ渡ったのです。今となってはジャズそのものが歴史の一部です。
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何も見ないで書いていますので、どこかずれていたらすみません。でもざっと言ってそんな感じです。