スポーツは運動不足の元
この題名は、何度も使いましたが、バランスという意味から再度投稿してみました。
過剰な運動は、アンバランスを引き起こし、最終的には痛みとなってしまうので、屈筋と伸筋を同時に調整しないと治らないということがわかってもらえたと思います。意識的でない運動は運動不足になると私は断言しています。
それだけでなくスポーツをすると精神的に強迫観念も強くなります。今日は30分歩いたから明日も同じ時間歩かなければと思うことは、完全な強迫観念だと思います。運動をすると気分が爽快になるので、明日も同じように運動をして、気分を爽快にしたいと思ったら強迫観念が芽生えたと思って下さい。毎日気分爽快でいなければならないという義務感がそうさせるのでしょう。いかにも肩に力が入りそうな思考パターンですね。
こういう欲は、隠れた欲で、お金に興味がある人より、気づきにくいので、タチが悪いと思ってしまいます。運動をして気分爽快になることは健康的で社会的にも認められている善良な行為だからと疑わない人なのかもしれませんね。人間ですから体調の悪い日も良い日もあるはずなのに、気分の良い日ばかりで若々しいといわれなければならないという欲望が、心理的アンバランスを産み出すのです。
テレビのコマーシャルや、番組を見ていると、元気で若々しくとか、ちょっとでも不安な症状があれば医師に相談しましょうというような内容のものが多いですが、恐怖心を植え付けられているような気がしてなりません。これらのキャッチフレーズは、あなたの健康に気を遣っていると見せかけて、実は企業の罠としてある文句です。一見、「あの人は、元気で若々しい」といわれることは、良いように思いますが、そんなことはあり得ないのです。あり得ないことを期待されることは、精神に無理が起こります。そういう気持ちで運動を行っているのなら、すぐにやめて下さい。必ずどこかで破綻がきてしまうはずです。
足の痛みがある人がジョギングを毎日しているといいます。走っていると少し痛みがひくからジョギングをやめないでいるというのです。アンバランスがありますよと身体が教えてくれているのに無視して、アンバランスを調整しないで、気分が爽快になった日のことを思い出して走っているのです。走ると痛みが軽減するので余計に走らなければと思ってしまうのでしょう。確かに走ると全身の血行がよくなるので、痛みのある局所も循環し楽になったりすることがあります。しかし、当然走り終わった後にまた痛みがでてくるのです。アンバランスが治っていない状態で全身の血流だけが良くなり、痛みは軽減したのですが、身体が冷えてくると痛みが再発したということです。ある意味こういう痛みは限界の一歩手前だともいえます。
動かさなければならないところを動かさず、自分の身体をコントロールしないで無闇に動く訳ですから、いつかは破綻が来るのは当たり前です。正しく使えば、少し時間がかかっても楽になって、楽しくジョギングを再開できるのにと、思ってしまいますが、そんな人に限って私の話をキチンと聞いてくれません。
糖尿病の持病のある人が医師に歩きなさいといわれ、歩いているという人もいます。無意味に歩いたら必ず足を怪我します。歩いて、足を痛めたら、歩けないことがストレスになるのです。意識のない運動がいかに怖いかがよくわかります。
走るのが仕事だというのなら仕方がないかもわかりません。趣味のために身体の訴えを無視して、貴重な時間を無駄にしているなぁ~と思ってしまいます。たぶん、こういう人は、私達のような治療家が治るとわかっている方法を提示しても、それを実行することは、まずないと思います。しかし・・・テレビで自分と同じ症状が治ったと言っていたらどうでしょう。きっと直ぐにでも実行するのではないかと思います。意識が外側の世界にしか向いておらず、自分の身体の訴えを全く聞かないのですから、精神にもアンバランスが起こり、内部破壊が起こってしまうのは当然です。家庭内にも問題があったりするのではないかと思いますが、意外にこういうタイプの人の世間的評価は、きっと「良い人」だろうと思います。良い人と評価されることが、その人の人生全てなのです。
このように考えていくと痛みが精神と関係する場合は、多いのではないかと思います。きっと痛みで全く動けなくなり、走れなくなったら自分自身の人生は何だったんだろうと気づくのかもわかりません。
腱鞘炎、捻挫の後遺症、慢性的な肩凝り、背中の痛み、腰痛等々の痛みが、なかなか治らなかったり再発を繰り返したりすることが多いのは、こういう関節の構造、精神の構造を考慮しないで痛みのある場所のみを治療しているからです。整形外科にいけば、安静にして湿布をしなさい。電気治療に通いなさい。それでも治らなければ手術です。というような段階になっていくのが普通だと思います。構造をわかろうとしないで、痛む場所しかみない。治療家の皆さん、そういう考えで普段から治療していませんか?
疑問をもって、教科書を読まないと生きた情報は何も得られません。最終的には自分で考えるという癖をつけないと、記憶するだけになってしまいます。記憶だけなら今はネットで検索すればすぐにわかります。記憶は経験を伴ってはじめていきてくるのです。覚えないようにしていても自然に覚えてしまうというのが本当に必要な記憶だと思います。どんどん忘れていくようにすることがとても大切だと思います。本当に必要な記憶だけを記憶すれば、余分な脳を使うことがないので、余裕があります。その余裕で直感を働かせなければなりません。つまり体感する記憶ですね。これを身につければ第六感も自然に働くのです。そういう気持ちでないと常に変化する身体に対応することは不可能だとつくづく思うのです。