10 月
18
Filed Under (今日の記録) by omisono on 18-10-2011

乳酸がたまるなどの科学的な説明はあるかもわかりませんが、もっと日常的に考えてみると、小学生でも見た目で判断することができる事実があります。それは姿勢です。顎をあげて、背中を丸めている人を見れば、誰でも疲れているのではと感じるはずです。関節学的にいうと肩関節内旋位、股関節外旋位の状態です。肩関節が内側に回旋した状態では、身体を反らすことは困難です。股関節を外に回旋させた状態では、腰を入れてシャンと立つことは困難です。つまり猫背の状態になってしまうということです。

我々の祖先は、元々バクテリアだったといわれています。漂うだけで自分からは何の補食行動も起こさず環境に準じて生きていく存在だったということでしょう。しかし脊椎をもってからエネルギーが増大し、自分から補食できる存在になったのですから、脊椎の状態が行動的か行動的でないかの基準となるのは、進化の過程から考えても納得いく事実だと思います。そして、手足は、その脊椎と連動した動きをし、脊椎の状態と密接に関係するということです。

疲れた姿勢はいわゆる、脇あがり、腰引け、顎上がりの状態となります。方向性としては、身体の外側に働く力が優位になります。これは外向きになればエネルギーの消費が大きくなり、内向きならエネルギー消費が少ないからともいえます。

ほうきでバランスをとっている時と同じで中心に重心がある時は、支える手の動きは少なくてすみ、ほうきの揺れも少なくなります。しかし、中心から外れると大きな動きを必要とし、ほうきの揺れも大きくなるというのと同じです。つまりバランスが崩れた状態であり、エネルギーロスが大きいと疲れたと感じるのではないかということです。しかし、これは自然な疲れの変化です。また高齢になると自然にその形に近づきます。問題の疲れは、自然な疲れプラス傾きや捻れが起こった状態といえます。その話しは後程投稿します。

肩関節内旋と股関節外旋は同時に起こります。肩だけが内旋し、股関節も内旋する姿勢をとるということはありません。横からの写真を見比べてもらうとわかると思いますが、肩を内旋すると肩は前にいき、外旋すると肩は後へ移動します。
肩関節だけ内旋し、肩が若干でも前にいけば、直立している構造上、前に倒れてしまいます。少しの変位では転倒しないのは、抗重力筋が微妙に働き補正しているからに他なりません。前後のバランスをとりやすい腰部がそれを補うことになるのです。腰は要みたいなことを書いている本がでていました。昔からそうもいわれています。腰の位置をみれば、どんな状態なのかが簡単に理解できたということをいっている訳です。

顎をあげ、肩をいからせ脇をあげる。この状態で抗重力筋が働かなくなってしまったらパーキンソン病のように突出歩行になってしまいます。この制御の中枢は視床周辺(尾状核、被殻、淡蒼球、視床下核等)にありますので、視床が微妙な姿勢補正を行っているのです。もし、立って歩行ができないと、補食するために移動できない。つまり死を意味する重大なことです。そうならないために一生懸命バランスをとろうと抗重力筋に情報を伝え腰を前にしたり後にしたりして、常に補正をする機能が備わっているのです。


臨床的に面白いと思えるのは何かの症状が起こった場合、どんな症状であっても必ず、肩関節内旋、股関節外旋位にしか変位しないということです。身体が異常になる方向は、この一方向だということです。この観察はとても重要だと思います。

姿勢のみから考えると直立二足歩行ではなく、ゴリラやチンパンジーのような半二足歩行に近づいたといえます。彼らは、大きなお尻と強い背筋、短い足をもっていますので、半二足歩行でも十分対応できるのですが、人間には、そういう筋肉が備わっていません。あくまでも制御が中心の人間とは違い、構造から考えてもゴリラやチンパンジーは、力が優位になっています。関節的に考えて制御を必要とする脳が発達することはないということになります。関節の制御は知能と密接に関係するのではないかと思います。
猿のような姿勢
最近見た猿の惑星という映画の内容が思い出されます。認知症の薬開発のために人工的に作ったウィルスに感染させ、猿で実験した結果、驚異的な知能を持った猿が生まれたという設定です。実は、脳が頭の善し悪しを決めているのではなく、身体全体が影響して脳の善し悪しを決めているというのが、この事実から導き出した私の結論です。つまり、脳と各関節は神経でつながり、お互いが情報のやりとりをしているので、半二足歩行位にあれば、不必要に大きくなった脳は、関節位置を変えてしまわない限り、存在できないということになると思います。つまり脳だけが大きくなった猿は、関節の変化を余儀なくさせられるか、関節からの情報が優位に働き脳そのものを排除するかのどちらかしかないということです。人間の皮膚の機能は、前回の投稿からもわかるようにホルモンを放出し、受容体まで存在する器官です。いわば第二の脳ともいえる存在ですが、皮膚だけにそういう機能が備わっているとは思えません。きっと研究がすすめば、皮膚のように関節自体から起こる情報もダイレクトに全身に伝える機能があるはずです。脳だけ大きくなった猿は皮膚とも関節とも連携がうまく行われないはずです。それはどちらかを排除するしかないということを意味していると考えられます。

どちらにしても、猿のまま脳が大きくなったら死を意味するということになると思います。もし、脳が発達し、関節位置が変化すれば、足が長くなり、腰が入り、脇が絞まって、顎がひけるはずです。肉体の変化を伴う脳の進化は、きっと何世代もかかるのではないかと思います。そして映画の中で人間を猿が投げ飛ばすシーンがあるのですが、制御優位の関節を脳の発達とともにもったなら、それもあり得ないということになるでしょう。
私は、ダーウィンの進化論は、どう考えてもおかしいと考えています。なぜなら徐々に変わることはありえないと思うからです。起こるとしたら突然人間が生まれたとしか考えられません。猿はいつまでたっても猿でしかなく、突然変異を起こしたとしても肉体の位置関係が激変するような生き物にならない限り、人間とは似て非なる物にしかなりません。

猿をベースにして、何らかの突然変異が起こり全く別物の生き物が突然生まれるということがない限り不可能な考えだと思います。猿から人間が突然生まれたのでしょうか?
「何故疲れるのか」という話しからまた飛んでしまいましたが、関節の位置関係が神経の伝達や血流量、リンパ量全てを決めているということを理解して頂くためには、この考えをベースにしていなければ話しにならないと思ったからです。もちろん私見なので、異論があれば、是非ご連絡下さい。
私達は疲れると、ゴリラに近い状態になり、進化の逆転が起こってしまうと考えるとわかりやすいと思います。つまり半二足歩行の猿に近づくということです。もちろん猿になってしまう訳ではないので、疲れたという感覚を得るだけですが、脳神経系への血流量も減り頭がボーっとして、考えがより原始的になるという訳です。そして、それには閾値があるはずです。病に倒れるかどうかは、その閾値を超えるかどうかの問題だと思っています。

サッカー選手が怪我をし、治らないからと来院すると必ず、腰引けの状態になって座ります。怪我をして治らないといっている選手でも腰が立っている子は、一回の治療で激変してしまいます。姿勢が身体に及ぼす影響は、皆さんが想像しているより遥かに大きいのです。そして脳からだけではなく、関節や皮膚から様々な情報が脳を介さずに流れているということです。それは無意識という領域に入るのでしょう。だからこそ制御する力を高める必要があるのです。

姿勢を正し、意識をハッキリさせるようにすれば、全血流量が増え、リンパや神経の通りがよくなり、脊髄神経が活性化するので、どんな病でも治癒が早まるということがいえるはずです。自然治癒力と姿勢は、相関関係にあると私は考えています。もちろん、病の進行するスピードと脊椎の正しい位置関係に戻ろうとするスピードのどちらが速いかが生死をわけるポイントとなるといえるのではないかと思います。

新しく新鮮な血液が流れることで組織を活性化させ、治癒させることができるというのなら、関節位置が激変しない限り、治癒力が向上することはありえないと私は考えます。私が東洋医学は自然治癒力を増さしめる方法ではないと断言しているのは、そういう観察方法が皆無だからです。何を指標にして、バランスがとれているのかということをあきらかにしていないのに、自然治癒力が高まったとどう判断するのでしょうか?

脈診や腹診のバランスといっている人もあると思いますが、その技術を習得するまでにどれ程の時間がかかるのでしょうか?

鍼灸の古典で唱えている脈診や腹診をマスターした人がどれぐらいいるのか疑問です。古典を読む限り、それぐらい微妙な診断だと思います。もし、そうでないなら、脈を診ただけで病態の状態がわかり不問診が行えるはずです。そんな技術者がどれぐらいいるのか疑問です。

東洋医学をやっていると謳っている術者は、殆どがこのような指標をもっていないので、自然治癒力を発揮させられる状態なのかどうかを明確に知る方法が曖昧であり、実用的だとはお世辞にもいえません。昔の偉人は、脈を診ただけで、寿命まで見極めたといいます。その技術は否定しませんが、この技術を得るまでには、長い時間がかかるし、センスが必要です。

ただなんとなく東洋医学を古典にのっとってやっているというのでは、あきらかに指標不足です。つまり殆どの人が、何故病気になるのかという単純な疑問の解答を出せないまま治療を行っているといえるでしょう。それなら西洋医学の方が、明確さという意味では明確な答えを持っています。

具体的な何かが指標になれば、今どういう状態なのかを人に説明しながら治療を行えるはずです。痛みのあるところだけに無意味な治療を行う必要もなくなります。しかし、そういう明確な話しは、東洋医学の中であまり聞いたことがありません。だから西洋医学者から頭ごなしに似非だといわれてしまうのだと思います。誰の目にもわかるような指標さえあれば、治癒していく過程がハッキリします。そうなれば、問題はかなり解決するはずです。西洋医学のように数値化することはできませんが、一目でわかるということになれば、決して似非だとはいわれないでしょう。

私は、これを一つの基準としていきたいと思っています。大袈裟ないいかたですが、世界的な基準となって手技療法を行う術者の一つの指標となればと思っています。この姿勢に変化を与えられる刺激かどうかは、施術後瞬時に判定できます。

世界中には、様々な治療方法が存在していますが、一つの評価法で評価することができれば、その治療法の優劣もハッキリしてきます。また変化がないと判断したものであっても、何らかの補助方法を行うことによって逆に優れた技術になる可能性もあります。時間がたつと変化が大きくなることもありえます。冷静に判断しながら、誰の目にもあきらかな一つの評価法としてなりたつのではないかと思います。

ある意味西洋医学の数値より明確な答えが瞬時に起こるので、西洋医学の立場からも重要な指標となるのではないかと思っています。そういうことに目を向けてくれる医師がもっと増えてもらうためには、キチンとした明確さをもって、治療にあたることが何よりも必要だなぁ~と思っています。



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