前回は、「気」の反応としての中立のバランスについて、書きましたが、中立は各関節でも起こります。
中立になると右を向いても、左を向いても変わりのない動きをします。顔を右向けた場合、左向けた場合、同じような動きをしていれば中立ですが、よく観察すると首の上部と下部では違った動きをすることがあります。
頚椎上部に手をあてて、左右を向かせる(上部頚椎のみ回旋させる)と皮膚の張力が違う場合があります。例えば、左を向いた時に左の上部頚椎に皮膚張力が発生する。又は右の上部頚椎に皮膚張力が発生するという状態であれば、普段左を向くときに下部頚椎から下(体幹部を含む)を余計に動かして、左へ振り返っているということになります。


上部頚椎は、回旋運動に関して、大きな働きをしますので、頚椎症や鞭打ちなどの症状に関しては、首だけを調整しても問題が解決しないということになります。何故なら頚椎の異常によって起こった腰椎や胸椎の過剰な回旋運動を阻止しないと頚椎が正常に働かない状態になってしまっているからです。頚椎上部だけを観察する場合、頚椎下部以下の状態をじっくり観察しながら調整を行う必要性がでてきます。

これは、頚椎が一次的に運動障害を起こしたことを脳神経が認識してしまうと、それがショックになり、他の下部頚椎や胸椎、腰椎において過剰な回旋運動が起こるような命令が送られ、頚椎を守ろうとします。損傷の直後の一次的には、この働きはとても重要なのですが、頚椎の損傷が治っているのにもかかわらず、その信号が脳神経から常時送られてしまうと首の動きは制限されたままになり、上部頚椎は運動できなくなってしまい、筋肉の硬化が起こってしまうのです。通常の捻挫を考えればわかりますが、足関節捻挫は、数日間で良くなることが殆どです。頚部捻挫が何故あのように長い時間をかけて固定する必要があるのでしょうか?
単純な疑問ですが、大きな疑問です。長時間固定をするということは、首を守った状態、つまり脳神経系は首を動かしてはいけないと勘違いする時間を多く作ってしまうのです。もちろん骨が折れているというなら話は別ですが・・・。

腰部捻挫(ぎっくり腰)や頚椎捻挫(鞭打ち等)に関しては、初期段階でうまく動かす運動をさせないと後遺症が残ってしまうのは当たり前ということになります。もちろん首の筋肉は、非常にデリケートにできていますので、鞭打ちを起こした直後は、頚椎カラーをつけて、頚椎を固定することに意味はありますが、思ったより早くに頚椎に少しずつ負荷をかけていかないと頚椎の正常な運動ができなくなってしまいます。しかし、脳神経に近いという理由もあり、恐怖感が腰部捻挫より大きく、神経が不安定になってしまいます。この精神不安が鞭打ちを更に悪化させているのですが、医師の指導の下では、頚椎に長期間、負担をかけないようにさせることが殆どであり、これが頚椎の硬化を招き、下部頚椎以下の運動を過剰にさせ、全身へと波及していってしまうのです。こういう身体の事実を知らないで放置しておくと、鞭打ちを起こした直後の状態と同じ信号が脳から送られ続けることになり、神経が不安定になることで、様々な症状がでてきます。これは、首の筋肉が正しく使われないことで硬化してしまい、脳に十分な血液を供給できなくなってしまうからだと思います。
鞭打ちからくる様々な症状は、可動域をよく観察し、正しく動かして、脳神経に動きを妨げなくても大丈夫だということを認識させていく処置をしていけば決して難しい状態にはならないはずですが、今の整形外科的な考えでは、こういう考え方がないので、なかなか思ったような効果がでない、又は、後遺症を起こしてしまうという問題が起こってしまうのでしょう。
このような現象は、足関節捻挫や膝関節症等の関節障害にも多くあらわれ、徐々に姿勢が悪くなってしまい、全身に影響を与えてしまうのです。こうなったら、全身の状態を観察しながらの長期治療が必要になってきます。
しかし、整形外科的には、そういう処置は認められていないので、我々は長期治療が必要になった状態でしか、身体を診ることはできません。 余計なお金と時間を費やしてしまう鞭打ちの治療をもう少し見直して貰えたらと思ってしまいます。
全身を観察しながら部分を診ていかないと、決して問題は解決しないのですが、問題が解決しないからという理由でしか、我々のような実費診療のところへは、来院しないのですから、やるせない気持ちになってしまいます。

関節の中立状態という話に戻すと、左に回旋しにくい状態が起こっていると、右には逆に過剰な回旋運動が上部頚椎に起こってしまうことが普通です。長期化した場合には右も左も回旋しにくいという状態が起こりますが、そうなってしまうと全身症状が更に悪化し、複雑になってしまっている状態ですので、複雑な処置が必要なのですが、そんなに全身への影響が起こっていない場合で、右に回旋しやすく左に回旋しにくい状態の人の全身治療を行い、脳神経系に正しい情報を流してやると、瞬時に左に回旋しやすくなります。再度観察すると、右に回旋しにくくなっているという現象が起こります。当然といえば当然なのですが、 本人が驚く程の違いが起こってしまいます。

つまり、中立ということは一つが動きやすくなれば、他は動きにくくなります。気の中立のバランスのところでも書いたように、一つの大きな異常経気が消失に近い状態になると他の異常経気が余計に高くなったりするのは、そういう理由と同等だと考えられます。
私は、身体の現象と気の反応はマッチしていなければならないと考えて治療を行ってきましたが、この現象はあきらかに同一の現象だと認識しています。また頚椎ばかりではなく、手首の腱鞘炎や長期間の肩凝り等も脳神経系の異常な信号が長期間送られ続けた結果起こったものですので、その信号をうまく調整してあげれば、大きな刺激をすることなく、治療することが可能となるのです。
もっともっとこの事実を沢山の人に知って貰いたいと思いますが、なかなか伝わりませんね。単なる鞭打ちが後に様々な後遺症を残してしまう結果になったりするのですから、恐ろしい話です。
私がいつもいうように、これらは科学的な証明はできません。何故なら脳神経系はまだまだ科学で解明されていない分野であり、追いついてないからです。鍼治療や気功治療は、脳神経系にダイレクトに刺激します。それは人間の感覚を最大限に使う方法だからです。目に見えない力は存在します。その力を利用して、うまくバランスを調整するためにはたゆまぬ努力が必要であり、今日教えたから明日からできるという代物ではありません。
最適な医療を志すものなら、医師、鍼灸師を問わず、このような現象に少しでも目を向けて、日々の診療を行って貰いたいと思います。身体をよく観察する。当たり前のことですが、常識に囚われて、それができていないのが現状でしょう。



中立の状態とはどんな状態でしょうか?

一つの異常点において反応がなくなった状態は全体にとって優位な状態とはいいきれません。部分と全体がうまく兼ね合い、全体的に中立という状態でないと真気は活性しないのではないかと思います。
ただ、ある程度症状を緩和させるというのが、私達の仕事ですので、症状をその日のうちに変化させることができなければ、次にはつながりません。
反応がなくなれば、確かに痛みや症状は消えます。しかし、それが全身に与える影響も大きい場合があり、治療後しんどくなったという話はよく聞きます。まあそれはそれとして、バランスをとろうとしている状態ですので、決して悪い状態だとはいえませんが、ある程度真気を損なうことは間違いないでしょう。

そうすると元々、真気が少ない人の場合、真気を損ないすぎると、治療後にしんどさが大きくなりすぎることも予測されます。 治療過誤、治療のやり過ぎというのにも気をつけなければなりません。ただ、体力が大きく低下している人を除いて、普通の充実度なら、そんなに神経質になる必要もありません。

現代社会で栄養状態が不足しているような人は、あまりいないからです。どちらかというと栄養過多になり、邪実の状態の人や反応が多くみられます。虚損状態の人は、あまりみかけないのが現状です。それでも太っていて栄養状態が良いように見えて、意外に虚証の人もありますので、虚実の判定を明確にしていないとなかなか、その判断を行うことはできないかもわかりませんね。

我々が調整に困るのは、どこを最初に調整すれば良いかという問題があります。症状が出て明確になっている人は、そこを一つの調整点と考えれば良いでしょうが、どこがということもなしに調子が悪いという場合、どこを最初に狙って治療をしていけば良いでしょうか?

また痛みの激しかった人が緩解してきた場合、前回行った治療と同じ治療をしても効果は全くないか、少ない効果しか得られないという場合があります。そして本人は、だいたいの症状がとれたが、まだ残っているというような症状を訴えます。
こういう場合、どこをどう狙っていったら良いのかという疑問にぶちあたります。実はここからが術者のふところの深さが物をいうのです。

こういう場合、まずは気の診断で全体をスクリーニングすることをお勧め致します。

全体の中で、何が一番治療をする異常反応点となりうるか、ということを考えて反応をみなければなりません。つまり症状はどこにあってもそれを調整することが一つのきっかけになるということです。症状のあるところが微妙に残るという場合の治療にも、どこが一番重要な異常反応点となりうるのかというイメージングはとても重要です。このイメージングがないとどうやって治療をしていって良いのかがわからなくなってしまいます。

この場合、体表面から離れた場所をイメージングして、その異常反応の背が高いところを中心に考えていっても良いと思います。体表面から体外へ流出しているような異常反応点を見つけ出し、その最大値のところを調整するということが重要です。最大になっている反応点とつながっている体表面は、全体的にまず最初に狙わなければならない異常反応点だといえるからです。この反応点は、治療が終わると一気に小さくなってしまいます。しかし、その反応が小さくなると同時にまた違うところがあらわれてくるという現象が起こります。これは今までわからなかった反応点であり、最初の時点では予測できなかった反応点です。

もぐら叩きのような現象が起こるのですが、必ずその反応は、最初の反応より範囲が小さくなるか背がひくくなっています。バランスをとるということはバランスを崩した飛行機がバランスを立て直そうとして左右に翼を振っている状態とよく似ています。異常反応が大きければ大きいほど、その傾きは大きくなるのが普通です。バランスは何かと何かの比較がなければなりません。ここでいうバランスは経気の距離のバランスともいえるものです。もちろん、この現象によって関節の可動域や筋緊張も変わります。異常経気のある場所の筋肉や関節は必ず可動域が狭くなっていたり片寄っていたりします。様々な理論も必ず現象が伴わなければ何の意味もありません。異常経気があり、関節可動域や筋緊張がなければ、肉体に変化を及ぼす経気ではないと考えた方が良いと思います。

瞑眩反応もそのような形ででてくることが多いので、一概に瞑眩反応を起こさないように調整しようとしても難しいこともあります。特に邪実の強い場合、平衡を取り戻すには時間が必要なことも多いので、邪実が大きい場合、瞑眩を全く起こさないで、治療をするということは本来難しいことかもわかりません。真気虚損で邪実が大きく、異常反応点の範囲が広ければその影響も大きいと考えられます。異常反応が広いということは、それだけ全身に与える影響も大きいと考えられます。一旦、その異常反応が消去された場合、身体のあちこちに今までなかった反応が出現してくることが予測されるからです。

つまり病態も一つの異常反応があることで、他の異常反応が隠れていて、それが裏側に入ることで何とか中立を保っていると考えると非常にわかりやすく、臨床的にもマッチします。

臨床の現場ではこれだけのことを瞬時に考える能力が求められますが、こういう考えを巡らす訓練を続けていると、症状のあるところだけ治療すれば良いという考え方がいかに、あさはかで、幼稚かがよくわかりますね。これだけ考えを巡らしても、なかなかバランスが取れにくい人もいるのですから、肩凝りの薬で肩凝りが楽になるとか、痛みがあるから痛み止めを飲んだら良いとか、精神的に不安定だから安定剤を飲み、眠れないから睡眠薬を飲むということが単純で馬鹿げたことです。それでもそういう人が後をたたないのは、考えようとする能力が欠如しているからでしょう。そしてそれを他の人のせいにしたがる訳ですから、始末が悪いですね。

そんな方法が社会的には一番重要で科学的な方法だなどと吹聴する人が殆どなのですから、いつから自分の感覚を大事に考えられなくなったのか、不思議で仕方がありません。まあ昔から世につられる人が大半ですから、今の人だけではないと思いますが・・・。

今は情報を集めようと思えば、様々な手段があり、自分で選択する能力さえあれば、何が正しいかはすぐにわかります。それでもそれをせず、漫然と暮らそうと思えば、そういう暮らしもできます。楽な暮らしに流れるのも仕方のない話ですが、それでは何かが足らないと思う人が精神的な病を起こすのでしょうね。精神的な病を起こす人は、敏感な人で、それに気づく方法を知らないだけかもわかりません。そしてそれは誰しも起こることです。私自身にも起こることでもあります。注意していないと突然やってきてビックリしても何が起こっているのか全くわからないという状態になるので、余計に焦ってしまうのでしょう。そこにこれを飲んだら楽になるよといわれて、飲んでみると神経を遮断する薬なので一次的に楽になったかのように思ったりします。そこからが悲劇のはじまりですね。感覚が遮断され続けて、何が異常で何が異常でないか本人はわからない状態になってしまったりします。

感覚を鈍らせれば鈍らせる程、そのツケは後からまわってくると思います。死ぬまでには、もっともっと感覚を研ぎ澄ませて、より敏感になっていく努力をしていないと我々もいつ襲われるかもわからない現代病だと思います。

生死をさまよう思いをしていれば、そういうこともないでしょうが、平和なので、平和が人間の精神を蝕んでいくのでしょう。もちろん平和は大事なことです。戦争は反対です。しかし、そのためには人間がもっともっと敏感にならないといけないと私は思います。

そのためには、いつもそこに死は存在するということを意識していないといけないのだと感じます。

中立の話から大きくそれましたが、中立を保つことはとても難しく、簡単に症状だけなくせばバランスのとれた状態になると考えるのは間違いです。

気の診断によって、最初に大きな反応を消去することは、症状のあるなしにかかわらず、身体を中立にするために必要不可欠な方法だといえます。症状に惑わされないということがとても重要ですし、大きな反応と小さな反応を効率よく消去していくことで中立がどんな状態なのかを肌で感じ取ることができるようになります。

これだけは教えて教えられることではなく、肌で感じることです。気の診断や方法は教えられても、こういうものは経験を通してしか決して学ぶことはありません。



8 月
28
Filed Under (「気」の診断(筋力検査)の考察) by omisono on 28-08-2010

虚実の判定と同様に忘れてはならないのが、気水血の判定です。
気の異常であるか、水の異常であるか、血の異常であるかという判断がその刺激の方法を決めることになるでしょう。

虚実の判定によって補瀉を行う訳ですが、単に真気を注入し、邪気を取り除くという方法だけでは不具合がありそうです。そこには気水血のような質に関する問題が関係してくると考えられます。気の診断はイメージングのシステムです。虚実のみで行おうと思えば、それだけでも十分治療が可能ですが、それに気水血を組み入れるとより深い理解が得られることは間違いないと思います。
深い理解ということは、ひとつの刺激で多数の異常反応を消去できる可能性があるということです。つまり効率がよいということでしょう。理論上の効率の良さと実際の反応の取れ方とは違う場合があります。虚実の判定に邪気と真気の概念を捉えることは、理論上とても効率がよいように思えます。たしかに臨床上もイメージングがしやすくなるのですが、現実的にはそれだけではイメージングが詳細になっただけという点もなきにしもあらずです。
虚実の順位をイメージングしただけでも同様の効果が得られそうです。
臨床上、やってみて、それをどう解釈していけば良いのか・・・。というのが一番重要な点です。

これが最大の問題ですね。理論がしっかりしていても臨床的に不具合があれば、改造しなければなりません。とにかく臨床的に不具合のない理論でないとどんな高尚な理論でも意味がありません。

どうやって気水血の理論を組み入れていくか?
これについては、自分なりのシステムが必要だと思いました。虚実の判定で1~5の段階を作りました。それと同様のことをやって数値化してみたいと思いました。気水血は連続していると考えると、1~10段階ぐらいでいいかなと思います。
1を気の病、5を水の病、10を血の病と考えると、1~10のメモリを置いて、その上を指先でなぞると反応点がわかります。

もちろん、これもイメージングがしっかりできていないとなかなかわかりにくいですが、デジタルでないアナログ的な観察ができるので、5が反応点だとすると、 3か4あたりで徐々に盛り上がり、5で頂点を迎え、6か7あたりで下がっていくという変化を観察することができます。この場合、どこが1でどこが10であるのかをハッキリとイメージングする必要があります。

異常反応がなくなると気のところの1か2あたりでうっすらとした反応がみられるようになるようです。これももう少し観察が必要なようですので、今後、条件によって変更があるかもわかりませんので注意してみていきたいと思います。

全てが中立な状態、つまりバランスのとれた状態とはどんな状態なのでしょうか?
この問題も大きな問題ですね。どこで治療を止めれば良いのかというのが問題点になります。次は中立の問題を少し考えてみたいと思います。



8 月
27
Filed Under (「気」の診断(筋力検査)の考察) by omisono on 27-08-2010

虚実には、真気と邪気という気の状態という概念を採り入れるとわかりやすくなります。
最近買った本に詳しく書かれているものがあり、この概念を参考にしてみました。
(真気の入れ方と邪気の抜き方 色彩・言葉:形が気を動かす 本宮輝薫著 コスモス・ライブラリー発行 )

この本の解釈の中で面白いことを見つけました。

虚実を五つの段階にわけるというところです。
虚、虚中の実 、虚実中間、実中の虚、実という段階です。

「虚」とは、邪気はほとんど存在せず、真気のエネルギーがふそくしている状態
「虚中の実」 とは、幾分かの邪気は存在するが、後のほとんどはエネルギー不足の状態
「虚実中間」とは、真気と邪気が半々の割合で存在する状態
「実中の虚」とは幾分かの真気は存在するが、後のほとんどは邪気が充満している状態
「実」とは、真気が不足し、ほぼ邪気のみが存在している状態
(一部編集)

という説明がありました。真気と邪気を虚実で考えるというのは面白い考え方だと思い、気の診断の段階的なものと考えてみようと思いました。

真気は、先天の気と後天の気からなるもの。人体の正常な活動を支える気とされています。真気が変化して邪気になるということのようですが、「虚」の状態であれば、真気が邪気に変わり邪気実の状態になるという考え方です。

これは、私の概念でという条件付なので、著者の意図とは違うかもわかりませんが、気の診断は自由な概念を持ち出すことができるのが特徴であり、一つに統一する必要はないので、私なりの解釈で考えたいと思います。

この記述を読んで、反応をみると邪気が存在しているかどうか、真気が存在しているかどうかが、問題になり、この五つの段階で評価できるということだと思います。

それぞれの段階を邪気を1~5レベルで気の診断をし、真気も1~5レベルで 存在の反応を診てみることにしました。
私がいつも考えているように虚実の反応と実虚の反応は違うというのと同じような気がします。
虚虚実が虚中の実と同義、実実虚が実中の虚と同義と考えると非常にわかりやすいかと思います。

「虚」でもなければ「実」でもないという場合、番号を付け、1~5までの段階を設定すると、1番で「虚」、2番で「虚」、3番で「実」というような反応がでてくる場合があります。この場合は、4番で「虚」という反応がでる場合もあるので、全く同じ意味ではないとは思いますが、大まかには同じような意味と考えることができると思います。

異常反応部位をイメージングを使って調べると確かに邪気が5の場合、真気は0になります。邪気が2の場合、真気は3になります。まだ詳しく調べていないので、ハッキリはわかりませんが、邪気3真気3という場合や、邪気5真気2という反応があるかもわかりません。数字的に不具合のあるものがあるかもわかりませんが、今のところ邪気1なら真気4という形ででてきます。
この概念を使うと虚実の判定は意味がなくなるかなぁ~とも思います。虚であっても邪気が実になる訳ですから、これは瀉法をするということになるのかなと思います。それとも瀉して補すという形になるのかと思います。
そうすると先補後瀉という東洋医学の基本概念が崩れますね。

虚か実のものに邪気と真気という概念を加えると先瀉後補というのもありえるということになります。

これを理解するために私の考えでいくと一つの概念を区切りをつけるということが重要かと思います。 つまり、虚実を邪気真気の概念を採り入れて診断する場合と虚実のみで診断する場合では、反応の違いがあるということです。

このように新しい概念を加えると他の概念に不都合が起こってくる場合があります。しかし、その条件下では、それもありだと考えると、臨床的にはマッチします。

この場合も邪気を瀉して、真気を入れる先瀉後補をすると真気5邪気0の状態になります。真気が5になると虚実は中間型になるのかなぁ~と思いますが、それも合わせて調べていこうとう考えています。

まだこの見方をはじめて1日なので、もっと複雑な解釈ができるかと思います。理論だけではなく、実際の身体の反応をイメージングを使って調べ、その結果と照らし合わせるということを繰り返してこそ、そのものを把握できるようになりますので、今後観察していこうと考えています。



筋力検査法について、色々と思うところがありますが、なかなかまとめることができませんでしたので、ちょっとまとめてみようかと考えています。

「気」は思考であり、意識です。意識というエネルギーを生体に入れると何らかの変化が起こります。それは筋肉が緩んだり、緊張したりするのですが、筋力検査を行う人が迷いやすい点をあげてみたいと思います。

まず、純粋思考になれない。純粋思考とは、何の関連もない純粋な意識(思考)を患者に向けるということです。筋力検査の方法は教えて貰えればできますが、意識を純粋にするのは訓練が必要です。意識は、光よりも早く到達します。例えば太陽に意識を向ければ一瞬で太陽まで行くでしょう。しかし光は地球から太陽まで8分程もかかってしまいます。

意識はエネルギーです。目に見えなくても科学的に数値化することができなくても思考はエネルギーなので、人体に向けると大きな変化があらわれるのです。この変化は筋肉にもっとも大きく反映されます。緊張したり、弛緩したりすることで、どんな意識を向けると緊張するのか弛緩するのかの答えが得られます。人体はブラックボックスであり、どんな入力を与えると、どんな出力が得られるのかは未知数で、決まりはありません。常識に囚われないで、様々な意識を入力することで、相手の身体の状態を観察することができるのです。問題はその与える意識(思考)が不純でないことです。思考は一瞬で遠くまで到達する程、変化の早いものであり、余計な思考が混じると正しい結果になりません。基本的には即決することが重要です。筋力検査を行う場合、初心者が陥りやすい間違いは、即決できないことです。純粋な思考は長い時間留まりませんので、一瞬で判断する技量が必要になります。

最も大きな間違いは、与えた意識から得られる答えを常識的に判断してしまうことです。意図しない結果になった場合でもそれを受け入れる覚悟が必要になります。その覚悟がないと即決はできません。意識は一瞬で到達するので、様々な思考によって様々な結果が得られます。余計な思考が入ると結果は絶対に安定しないため、それを間違いだと思ってしまうことです。

常識的に考えるのは、結果がでた後です。あきらかに間違いだと思えるものもあれば、この結果もありえると思えるものまで様々です。それを取捨選択していくことが経験となるのです。



図は純粋な意識を向けた場合の変化と不純な意識を向けた場合の変化をあらわしたものです。条件設定の違いで明確にも不明瞭にもなるのが筋力検査の性格です。鮮明にするためには、明確な意識(思考)をしてその結果を得る必要があります。

つまり身体に意識という刺激を送り込み、それによって得られる結果を観察するという方法が正しい筋力検査の方法です。ただ、純粋思考といっても全く純粋な思考というのは存在しないのかもわかりません。

やはりその術者が経験したり、得た知識に多少なりとも左右されることが予測されます。そこで、それも想定し、トータルでその結果を尊重していくという姿勢が重要だということです。

症状と気の診断の結果が合っていなかったり、全くの思いこみであったりするということはあり得る話です。これはベテランでも初心者でも同様に起こりますので、絶対に正しいという思いこみではなく、そうではないかと予測するということが望ましいのです。

もちろん、ベテランになってくると純粋な思考をすることが容易く行えるようになってくるので、限りなく正確な判断ができるということは間違いありません。しかし、常にそういう結果を含んでいるということを意識して取り組むということが何よりも重要な診断法だということを忘れてはならないのです。そうでないと思わぬ落とし穴に嵌ってしまうということです。

科学的な検査も一つの目安にはなりますが、実際の臨床の現場では、それだけでは説明のつかない症状が沢山あります。十人十色なので、きちんと観察すれば、全ての人がそうではないかと思える程です。検査数値だけが正しいと思うのは科学絶対主義であり、一つの迷信みたいなものです。現場第一という考え方を尊重すれば、科学的な結果だけが正しいと思う人はいなくなるでしょう。

この世に絶対はありえないのです。

筋力検査を習得するにあたり、初心者の場合、絶対はありえないということを見せつけられるような結果に遭遇することが多々起こるようになると思います。絶対でもなく、不確かでもない。感覚だけを頼りに治療法を組み立てていくという方法こそが筋力検査法の最も重要な考え方です。

しかし、この方法を習得すると様々なことが理解できるようになってくると思います。病態の成り立ちが如何に複雑で階層的なのかを知ることになるでしょう。東洋医学の原点を肌で感じることができる唯一の方法だと思っています。

もちろん、触診や望診等も筋力検査法を足がかりにして発展させていくことができます。皮膚張力検査法やタッピング法などは、その結果生まれた方法です。無負荷筋力検査法も正しく行えば、とても重要な診断法になります。

この観察法を用いて東洋医学の虚実の判定を行ってみたいと思います。



6 月
03
Filed Under (今日の記録) by omisono on 03-06-2008

腰の痛みの様々な理由

腰の痛みは様々な原因があり、一口にこれだけが原因とは言いがたいと思います。仙腸関節が原因だという人もいますが、仙腸関節を悪くした理由があり、それは、足の異常ともつながっています。主にそれが原因である場合、劇的に痛みが楽になる場合もありますが、それが原因でないと全く変わりません。仙腸関節が、全く正常という状態は起こりにくいと考えた方が良いと思います。

また足の異常は、手の動きが悪くて起こることもあり、それらが相互に関係しあってきている場合もあります。

腰痛の単純な例

1、腰痛においてインディケーター筋を臀部の皮膚張力で調べ、テスターとします。

2、手足にセンサーとなる反対側の手をかざしてみます。

3、手掌側、手背側、足背側、足底側

こういう調べ方で、全体的にどの手足の異常が腰と関係しているのかを調べます。
次にセンサーの範囲を縮め(指先で)直接腰と関係のあるポイントを調べます。

この方法で、調べると、腰と直接関係のあるポイントが足底の踵の部分にあります。他にも手掌や手背にも存在しますが、
まずは、足底で踵の外側を刺激してみるとそれだけで腰の緊張が緩み、動きやすくなることがあります。

鍼は踵の一部に鍼先をあてる程度の刺激です。それだけでも良い場合は腰が軽くなります。

インディケーター筋の状態を観察していると強度な皮膚張力から中等度の皮膚張力になれば、それだけでも効果はあります。

そのまま帰って貰うと、次に来院された時には腰の強度な皮膚張力から中等度を保ったまま、残るような痛みや重みがあったりします。

このような場合、同じ刺激では効果がありません。しかし、踵の刺激だけでも痛みがなくなってしまう場合もあります。


上腹部の異常反応からくる腰痛意外に上腹部の異常からくる腰痛は多いと思います。身体は痩せ気味の人が多く、消化吸収が悪い人が多くかかる腰痛です。上腹部に反応があり、胃をイメージングすると胃体部前側に問題がでていたりします。
上腹部を軽く押さえると圧痛があり、T7あたりの背部にも緊張がでていたりします。もちろん、腰の関節には異常反応が出現しているので、主に左側でL5の高さに圧痛が生じ、前に突きだす運動ができにくくなっています。
こういう場合、左足首、左肘が過緊張を起こしていることも多く、圧痛が出現します。足首は前内側から後外側、肘は内側から心経周囲にかけて出現しています。また足首で不安定性があり、側頸部の外側中央付近にも圧痛がでているので、歩行時に身体が横揺れをしてしまいます。足首の不安定性があるので、これが原因で余計に胃腸障害を起こしてしまうようです。

足首を内側にする運動を行い正しく体重をかけるだけでも腰の動きは良くなります。それと同時に胃腸の調子も良くなりやすくなるので、試してみる価値はあると思います。

左肝経の中封あたり、左肘心経の少海心包経の曲沢周囲上腹部を刺激するだけでも腰の動きが良くなったりします。



首の異常による腰の痛み
頸椎の異常からくる腰や足の痛みというのもあります。この場合、風邪のような炎症反応があり、咽や鼻等の粘膜に異常反応があったりします。後頚部から後頭部の異常な緊張(皮膚張力を伴う)があり、どうも脳底部まで到達していることが多いようです。
右か左の側頸部や耳の下にも異常な反応があり、この周囲が治療ポイントとして、適応を満たしていて、症状は腰や足にでているということも少なくありません。

前述した胃の異常反応からくるものと、首の異常からくるものが風邪の炎症反応から起こって、胃に熱が貯まって起こった腰の痛み、頭頚部の熱が隠って起こった痛みには症状の違いもあります。

一見すると膝がおかしいのではと思うような緊張が膝に起こっている場合もあり、それぞれの状態を確認し、優位診断する必要があります。

腰の痛みと一口に言っても、様々な理由があるということです。

そして、刺激部位となると、咽や首を狙う形の局所治療、すなわち治標法が適応の場合が多く、手の示指、足の第二指の先端に反応がでてきたりします。
また肝経の太衝付近にも大きな円環(足首前側から下腿前側まで)としてでてくる場合もあります。そして肩の前側の緊張も大きく、肩に直接刺激した方が、腰の痛みに直結する場合もあります。

首の異常反応が強いから首を刺激するというやり方は、治本、治標、局所という考え方を無視した形になり、適応反応が起こりにくく、刺激しても効果を得にくいのです。キチンと、治本、治標、局所の経気を診断し、治療していく必要があるということを教えてくれます。



6 月
02
Filed Under (今日の記録) by omisono on 02-06-2008

肩凝りではなく、手をあげると肩が重いと感じることがあります。

肩が凝る感じというのは、締めつけられる感じを含んだ違和感でしょう。手や肩の怠さや重み というのとはちょっと違いがあると思います。




肘を伸ばして肩周囲のだるさを感じる人の三角筋部分の皮膚を摘んでみるとパンパンにはっているというのを確認することができます。これは肩関節周囲炎(いわゆる五十肩)にも共通している症状ですが、この場合、多数の異常緊張点を見つけることができます。

  •  腋窩から肩甲骨外側
  •  肩甲骨下部より下の肋骨背部
  •  肩上部
  •  側頸部
  •  耳下
  •  対側の浮肋骨周囲
  •  同側の上前腸骨棘周囲
  •  同側の大腿外側
  •  同側の足首外側
  •  同側の第四指、第五指
  •  対側の大腿内側
  •  対側の胸椎下部から腰部上部
  •  対側の足首内側

等々です。




この中でも肩甲骨外側から腋窩付近の緊張は飛び上がる程の皮膚張力を発生させたりします。また上腕三頭筋あたりも緊張がでたりします。
いわゆる胆経付近の緊張なのですが、上から下まで同側の胆経が異常かというとそうではありません。またこの異常が胆経筋の異常だとは決めつけられない場合もあります。局所経気としての異常反応の場合、局所反応があらわれる部分が、全身を現している場合があります。同側の足第四指と五指、同側の手の第四指、対側の母指、示指の指腹側の反応点を刺激しても肩が軽くなります。




身体の異常を対で考え、その陰陽を考えたりすると、身体の動きと局所反応のあらわれる点がよくわかってきたりします。内側と外側が右左で対になっているということです。パターンを考える場合、こういう捉え方をすると、その異常点を明確にすることができます。
東洋医学のシステムは、こういう陰陽の組合せによって、目的の異常を消去することを目的としていたりします。
端と端を刺激すれば、その間にある異常は全て消去できると考えるのです。一対一ではなく、一対多または、二対多という考え方になると思います。



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