古利根川沿いを歩く(紺屋の渡し)
宮東橋からさらに下流に向かって歩を進めます。

これからの遊歩道は古利根川の流れと共に、川岸の草花が美しいところです。
ただ、今は冬。現在は花の姿を見ることは出来ません。春になるのが待ち遠しい感じです。

川の流れに目をやりながら進むのですが、これから下流、宮代町内で古利根川にかかる橋はありません。
では、古利根川を渡る手段は・・・・・。

舟?
現在はその必要はありませんが、昔は・・・・。
先の宮東橋に矢島の渡しがあったように・・・。

宮東橋から850mほど、現在はその痕跡を探すことも難しいようですが、「紺屋の渡し」という渡しがあったようです。

遊歩道沿いにある数軒の人家が途切れる辺り、ここから対岸に渡しが行われていた。

「紺屋の渡しは明治期から行なわれていたものと思われますが、定かではありません。昭和26・27 年ごろまで行なわれていたそうです」(「歩け歩け」より)

「藍染めなどの染め物を行なう紺屋を生業としていた成田家が経営していたことから、紺屋の渡しと呼ばれました。一日に平均10 人くらいの人を運んでいたそうですが、矢島の渡しと同様、終戦後の最盛期には買い出しの人などを大勢渡したそうです。その利用者の多くが姫宮駅を利用するためだったようです。運行時刻は定めず、頼まれた時に舟を出し、その舟賃は戦前で2 銭、戦後は5 銭であったそうです」(「歩け歩け」より)

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