第4回 行政は何をもって「差別」と判断するのか(後編)

石垣敏昭さん(東近江市元人権担当次長)インタビュー

(聞き手 寺園敦史)



本当に「同和問題は重要」なのか

寺園 この問い合わせ事件のあった年の10月頃、おそらくAさんに対する市の事情聴取が終わった段階くらいの時期だったと思いますが、わたしは石垣さんから連絡を受け、こういう事件がいま市で持ち上がっているが、寺園の意見を聞かせてくれということで、京都駅でお会いしましたね。

 石垣さんは内々にわたしと面談したいというのではなく、市の担当者として参考のため意見を聞きたいと言われて、困惑させられた覚えがあります。「あれ、この人大丈夫かな。勘違いしているのではないか。こっちは解放同盟中央本部から手ひどく批判されている立場なんだけどなあ」と首をかしげていました。つまり、わたしの意見を参考にしたいと表から言ってくる行政担当者がいるなんて、当時、思いもしませんでした。

石垣 それも何を基準に差別か、差別ではないか、行政としての判断の基準をはっきりさせたかった、という思いからです。実をいいますと、あの頃、寺園さんだけでなくいろんな方からご意見をお聞きしていました。解放運動の現状について積極的に問題提起されている研究者、県外ですが解放運動団体の幹部、それに他自治体の同和行政の担当者などです。

 もちろん、「この電話は差別ではない」という考えの持ち主ばかりではありません。わたしがお聞きした、その運動団体の幹部の方は「差別だ」と断定しましたし、ある市の担当者は「苦しまぎれとはいえ、実在の地区住民の名前を騙ったのは差別と言われても仕方ないかもしれない」という意見でした。


いしがきとしあき:1952年生まれ。1974年立命館大学法学部卒。永源寺町立青野中学校・八日市市立玉園中学校などに勤務、東近江市にて、人権学習課長・人権啓発課長・人権担当次長を歴任。現在、東近江市立船岡中学校教諭。雑誌「人権と部落問題」や「国民融合通信」などに寄稿している。
寺園 そのようにしてまとめられた「見解」でしたが、本来賛成してもいいはずの解放同盟からは怒りを買い、一方、冒頭おっしゃった通り、他自治体の関係者からは特段の関心も呼ばなかった。

 わたしはこの事件についての東近江市内で開催された学習会に計5回も呼ばれて講演いたしました。もちろん、前市長時代といいますか、2009(平成21)年2月の市長選挙で当選した西沢新市長のもと、市のそれまでの「見解」が180度転換する以前のことです。5回の講演のうち1回は、市幹部職員を対象とした研修会、1回は市会議員を対象とした市会主催の学習会。残り3回は市民を対象としたものでした。

 これら5回のうち、話をしていて張り合いがまったく感じられなかったのは、市幹部と市会議員を対象とした2回でしたね。とにかく反応が皆無だったのです。質問も出ない、聞いているのか聞いていないのか、理解してもらっているのかいないのか、さっぱりつかみかねました。これまで通りの同和啓発を進めてきた人たちからすれば、反発するだろうなということも述べたつもりでしたけど、みんな押し黙って聞いているだけでした。

 ところが2009年2月に市長が代わり、就任直後よりこれまでの「見解」とは違う態度表明がなされたわけですが、今度はそのことについても市幹部や市会議員からはこれといった批判なり疑問の声がでないんですね。水面下でもそういった反応を示す幹部の話は耳にも入ってきませんでした。

 まあ、幹部とはいえ市職員が公然非公然にかかわらず、市長の考えに反対意見を表明するのは難しいかもしれませんが、市会議員の立場は市長とは対等なはずです。わたしは新市長就任後の市会を傍聴しましたが、前市長時代、市会においてだれも「見解」について異議をはさまず、ただ傍観していたくせに、それと180度異なる方針を示した新市長に対し、みんなやはりおとなしく従っているわけです。批判しているのは共産党の市会議員だけでした。なかには、今になってこれまでの市の「見解」はおかしかったんだと言い出し、西沢市長を激励する議員もいました。

 流れが変わるたびにそれと一緒に自らもなびいていくだけということなのか。市幹部や市会議員にとって、今回の事件なんて、きっとどうでもよいことなんでしょう。口では「同和問題は重要な課題だ」なんてことを口にしますが、本当はどうでもよい。そんなことだれも考えてもいない。前市長時代の「見解」も、新市長になってからの方針、あるいは新たに作成された「見解」の前に黙り込んでしまっている人たちを見て、そう感じざるを得ませんでした。

石垣 議員さんのほうは、前市長当時、面と向かってわたしなどに文句を言ってくる人はいませんでしたが、合併前の各町議員さんと運動団体との関係を考えると、この「見解」で大丈夫なのかという思いをもっておられた議員はいたとは思います。

寺園 さて西沢市長のもとで、2010年2月、この事件に対する新たな「見解」(新見解)が発表されます。その内容は行政としてはオーソドックスなものといいますか、市民Aさんを「差別者」にしたてることと引き換えに、四方丸くおさめる無難な内容です。おおよそ次のようなものです。

「Aさんが同和地区を問い合わせる電話をかけた目的に正当性がない」
「虚偽の氏名と同和地区を騙ったことからの問い合わせの方法にも正当性がない。地区の名称をかたる行為は同和地区に対する偏見を悪用して相手を威嚇するときや要求を聞かせる場合に使われる。このことが「同和地区は恐い」という意識をさらに増大させ、許されるものではない」

 この「新見解」以後、市は解放同盟から人権啓発事業に関して過大な要求を突きつけられたりしているのですか。

石垣 そういったことはないようです。西沢市長としては、解放同盟というよりおそらく、滋賀県や愛荘町とのつながりを重視したのだと思います。市議会の答弁でもこのことを重視した発言をしています。この時期、県内で行政がかかわって開催された人権問題関係の集会では、決まってメインテーマとしてこの問題が取り上げられ、四面楚歌の状態で、ひとり東近江市の「見解」が批判にさらされていました。これは市としては大きな問題だったのだと思います。また西沢市長は選挙時に、現知事の支援を受けていたこともありますし、とくに県との関係は整理しておきたかったのだと思います。解放同盟が知事と県議会議長に、対応を求めていたということもありますしね。

 ところで、「新見解」では、何をもって差別とするのか、この点が客観的に明らかになっていないことが一番の問題だと思います。問い合わせる目的に正当性がないとか、地区を騙ったことは同和地区に対する偏見を助長するとかと述べていますが、まあ、Aさんに問い合わせる正当な目的がないのはその通りかもしれませんが、それがなぜ差別になるのか。Aさんがいったいどんな差別行為に及んだのか、あるいは及ぶ可能性があるのか。同じく、Aさんが電話で強い調子で問い詰められ、自らも同和地区住民であるかのように名乗ったのは事実ですが、それは電話の相手を威嚇するためのものだったとどうして断定できるのか。そんなあいまいな理由で行政が差別かどうかを決めつけてよいのかと思います。

 わたしたちは、差別とは何か、どのような基準で行政としてそれを判断していくのかということを明確にしたつもりでした。つまり、同和地区問い合わせについて、どんな意図を持って、どんな目的で同和地区の所在地を知ろうとしたのか、また、その情報をもとに、何をしたのか、あるいは何をしようとしたのか、そして、その結果としてどのような実害が生じたのかを、それこそ厳格に吟味した上で、差別かどうかを判断することが大切だと考えたのです。ところが「新見解」では、この一番肝心な点があいまいにされてしまいました。

「パートナーシップ」の検証

寺園 市の「新見解」や滋賀県、愛荘町のそれぞれの「見解」を読んで、わたしが疑問でならないのが、行政が何でもかんでも抱え込んで、それで問題がすべて解決できるものだ、解決しなければならならないと思い込んでいる点です。行政ができることは限られているし、また、行政がしてはならないこともあると思うのです。市民の一人ひとりの内心にまで介入することが許されるのか。Aさんのように、具体的に差別行為を行い、誰かを傷つけているわけでもないのに、Aには差別意識があると決めつけてしまう。こんなことって「同和」だけですよね。他の人権問題で、行政がこんな対応あり得ないでしょう。

石垣 「同和」以外で何か課題が生じたときに運動団体に相談したり、協議したりするということはよっぽどの問題でない限りありませんね。たとえば、女性差別発言をした人がいたからといって、行政が女性会と相談して見解を作成するなんてことはしません。

寺園 東近江市に限らず全国的な戦後の同和行政を振り返れば、行政と運動団体との関係は対等なものとは言い難いという事例は多くあったと思います。運動団体からの過大と思えるような要求でも、受け入れることが同和問題に解決に資すると思い込んで対応してきた面もあった。なぜこういう不正常な関係から脱することができなかったと思われますか。

石垣 過去を振り返れば、事業をスムーズに行っていくために「窓口一本化」制度をつくり、これが運動団体に大きな権限を与えることになりました。

 また、部落が低位な実態におかれているのは、行政のこれまでの差別行政の責任であり、これを改善するのは行政の責務だと追及され、行政としてもこの指摘を受け入れてきました。その時点で、すでに両者の関係は対等ではありません。この関係を変えられずに来てしまった。

 いろんな方が指摘されていることですが、部落に生じている問題のすべてを行政が背負い込まなくてはならないのかどうかの判断をすることなく、ずっと来てしまったことに、問題があると感じています。行政の無限責任論を検証することもなく続けてきたことの結果、生じている問題です。

 もちろん運動団体と対立し追及されると面倒だという意識もあると思います。はじめから運動団体と一体となって対応する、運動団体の指示のもとに動くほうが無難だと考えてしまう。まあ、ある種のパートナーシップなのかもしれませんね。

 それに関連して言いますと、実は、今回のケースでは、事案の起こった翌月(2007年9月)、わたしたちは滋賀県の担当部署に報告に行っているのです。市としては調査の結果、差別ではないと考えていると言ったところ、彼らは特別の反応を示しませんでした。また、愛荘町と東近江市の考えが相違していても、調整することはない、とのことでした。「市や町が主体的に判断したことに、県がいちいちあれこれと口出しをすることもないはな。考えてみればそれもそうだな」と思って帰ったことを覚えています。

 ところが、県の担当者からはその場で次のような主旨のことは告げられました。「解放同盟が動けば、県としても動く」と。事実まさにそのとおりでして、解放同盟が市の見解、姿勢を批判し始めると同時に、県は解放同盟に同調する言動を取り出し、最終的には滋賀県は、東近江市を批判する「見解」を公表しています。

 こうして、県が主催もしくは共催するような集会の場を利用して、解放同盟とともに全県的な東近江市攻撃が繰り返されていくことになったのです。

何を、どう糾弾するのか」(部落解放同盟中央本部編:1991年)によれば、

わが同盟は、差別を自分勝手に判断して、何でもかんでも「差別だ」といって糾弾するのではないということは、言うまでもありません。では、どういう場合に糾弾するのでしょうか。それは次のように要約することができます。(1)あきらかに差別意識をもって部落民の人権が侵害されたとき。(2)差別行為の結果として部落差別が拡大助長されたとき

と明らかにしています。

 解放同盟のある種の指針からしても、町役場へのこの電話により、だれか特定の個人の人権が侵害されたのか、電話をかけたことでだれかの差別観念なりを「拡大助長」したのか。今もって、はなはだ理解に苦しむものがあります。

 ともあれ、「差別」問題について、民間団体がその方針に沿って活動することは自由ですが、自治体は、当たり前のことですが、自らの主体性を発揮して、取り組んでいくことが極めて大切だと言わざるをえません。場合によっては、法務局に委ねることも必要だと思います。いや、それが筋かもしれませんね。わたしもまた、Aさんからの事情聴取を終えたあと、Aさんに「反省文」なるものを書かせてしまいました。これも今振り返れば行政がやるべきことではなかったと反省しなければなりません。

寺園 本日はありがとうございました。(第4回終わり)

(2011年6月8日 滋賀県大津市内の喫茶店で)

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