これも報告のタイミングを逸し、古い情報になってしまいました。先月31日午後、京都ホテルオークラで開かれた、自由同和会京都府連・京都市協と京都商工会議所でつくる「京都懇談会」主催の第16回人権セミナーに、パネラーとして参加してきました。
同セミナーに参加するのは昨年に続き2回目。これとは別に、自由同和会中央本部が毎年11月に開催している研修会にも、連続して参加していますので、ここ数年なんだか自由同和会系のライターになったように錯覚してしまいますね。自由同和会はもちろん自民党の協力団体で、わたし自身の政治的立場は共産党なので、なんでこんなに何度も意見の発表の場を与えてもらえるのか戸惑いがないわけではありません。自分の主張が自民寄りになっているわけでもないはずですし。また、当日、こちらの言い分が制限されるようなことはいっさいありません。
それで思い出しましたが、もう8年近く前のことになりますか、京都市内で催された同和行政の問題点を議論するシンポジウムのパネラーに呼ばれたことがありました。このときは直前になって主催者から「あのことについては話すな」「この団体の批判をしてもらっては困る」などと言われたものですから、頭に来て直前になってキャンセルさせてもらったことがありましたね。
この時期わたしに同和行政についてしゃべらせたら何を言うか、主催者ならわからないはずはなかったと思うのですが、それを直前になって制限を加えてきたわけで、シンポジムに来てくださる方には申し訳ないと思いましたが、一番言いたいことが言えないシンポジウムには参加することができなかったわけです。
自由な意見交換ができない点こそ同和問題解決を阻む要因のひとつである、と指摘したのは、たしか1986年の地対協意見具申だったかと思いますが、21世紀に入ってもなお、このような状況が一部に残されていたわけですね。
ま、とにかく、趣旨に賛同できて、真面目な議論ができるところには参加しているということに過ぎません。過去、解放同盟京都市協が中心となって開催している京都市研究集会にも参加したことがありましたが、それも同じ理由です。
さて、今年の人権セミナーのテーマは「京都市同和行政終結後の行政のあり方総点検委員会・最終報告書から何を学ぶ」で、シンポジウムでは寺園の他に、今年3月まで京都市人権文化推進担当部長をつとめた淀野実さん(現在、京都市産業技術研究所副所長)、それにいつもの平河秀樹さん(自由同和会中央本部事務局長)がパネラーをつとめました。
京都市総点検委員会報告については、このブログでも、あるいは月刊誌『ねっとわーく京都』や全国人権連の機関紙などにも、何度もその重要性に注目する記事を書いてきたつもりでしたが、最終報告から2年以上経っても、周囲の反応が非常に冷淡であることに不満を思っていました。
わたしが知っている範囲でいうと、総点検委員会報告をメインテーマに掲げて公開で議論がなされたのは、最終報告発表3か月後に京都市職員連合部落問題学習協議会(市連協)が開催した〈総点検委員会報告を「点検」するシンポジウム〉だけではないかと思います(マリードフットノート » 参加と責任)
つまりこの日の人権セミナーが2回目ということです。人権セミナーは、形の上では「京都懇談会」という団体の主催という形をとっていますが、全体をしきっているのは自由同和会ですので、運動団体としてこのテーマで公開の議論の場を持つのは、これが初めてということになります。
運動団体が、この総点検委員会報告とそれ以降の京都市行政のあり方に注目するのは、まったく妥当なことだと思います。正直に言いますと、こういった催しはもっと早い時期に人権連あるいは部落問題研究所あたりが組織の存亡をかけて開催してもよかったのではないかと思うくらいで、非常に残念に思います。総点検委員会最終報告をどう評価するのかという問題は、実は戦後の同和行政と部落解放運動をどう評価するのかということにもかかわる意味さえ含んでいると思うからです。
肝心の当日のわたしの発言内容については、いつもと代わり映えしないものです。また、つい数か月前、同じテーマで淀野さんにインタビューしていますので、以下の記事をお読みいただけたらと思います。
〈オールロマンス〉から考える » 第1回 市民の不信に答えず問題解決はない(その1)
9 月 12
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