部落解放同盟京都市協が発行する機関紙『解放新聞京都市版』(2011年6月1日付)に、見過ごせない記事が掲載されていた。
「差別発言事件5・26確認会」というのがその記事の見出し。
今年2月10日、京都市山科区のある小学校で新入生の保護者を対象に入学説明会が開かれた。その席上、学区自治連合会会長が保護者の前で、「『ここには三条裏があり、ガラが悪かった』とのべて、指を1本折り、『1本足りない』とのべた」と発言した。発言に対し、同席していた学校長らはその場では何の対応もとらなかった。
この「差別事件」の真相を解明するため、解放同盟は5月26日に「事実確認会」を開催した。ところが京都市側の対応が不十分極まりないものだったので、われわれは市の責任を厳しく問いただした。今後も追及を続ける。
──以上が記事のあらましである。自治連会長が言ったという「三条裏」とは、京都市東山区の旧同和地区をさす言葉らしい。
まあ『解放新聞』(全国版)にはよく掲載される類いの記事だといえよう。なぜわたしが見過ごせないと思ったかというと、京都市はもうかなり以前から運動団体が開催する「確認・糾弾会」には参加しない方針をとっていたはずだからである。
ところが記事によると、この「確認会」には「京都市より関係局区の四課長等が出席しました」となっているではないか。とくに、京都市は2009年3月以降、同和行政に対する姿勢を大きく転換し、運動団体との関係もようやく正常化(いっさいの特別扱いをやめた。解放同盟側から見るとおそらく「後退」「背信」とうつっているだろうがそれは大きな勘違いであろう)にこぎ着けたところである。他の自治体ならともかく、それがなぜ今になって、確認会なんかに参加したのか。これが事実なら、京都市の「同和」は早くももとに逆戻りということになる。
ちなみに、「確認会」には、当初出席を予定していた自治連会長本人が急用のため欠席したこともあり、同盟の追及する矛先はもっぱら京都市に集中したようである。
「ちぇ、京都市の決意もこの程度か」といささかがっくりしながら今日(6月13日)、京都市人権文化推進課を訪ね、確認会参加に至る経緯を聞いた(本来学校行事での出来事なので市教委が対応するのがスジだが、その後山科区役所も介入したため、市全体の調整役を同課が行っている)。
ところが、担当者に聞くと、京都市として解放同盟の「確認会」に参加した事実はない。あの『解放新聞京都市版』の記事は誤りであると、言い出すではないか。
つまり、京都市側の説明ではこういうことだ。
人権文化推進課担当者は、「京都市は従来から運動団体の確認・糾弾会に参加しない方針です。問題が起これば行政の責任で調査し、必要性があれば、関係者を啓発なりしていきます。民間団体の確認会に参加する理由はありません。この報道については同盟側に抗議しました」とも明言した。
だまし討ちはいつもの手口?
解放同盟は、なぜこんな報道をしたのか。もちろん、彼らは京都市が運動団体の確認・糾弾会に出席しない方針でいることを知らなかったはずはあるまい。とくに今回は京都市から「確認会には出席できないが意見交換会なら出席する」旨の返答を受け取っているのである。機関紙編集上の単純な事務的不手際で、「意見交換会」が「確認会」にミスプリントされたとは考えがたい。
こういうことではないのか。こっちは「確認会」のつもりだが、名称だけは「意見交換会」にかえてやつらをおびき寄せよう。会議の名称なんてこの際どうだっていい。その場に来たらこっちのもの。そこでやつらをぎゅうぎゅう締め上げてやればよい。
要するにだまし討ちである。わたしがそう考えるのには、明確な根拠がある。彼らは過去には同様の手口で京都市をハメているからだ。
解放同盟京都府連・京都市協は、2004年から2005年にかけて、司法書士が東山区役所で戸籍謄本を不正取得した件について、差別糾弾闘争を展開している。この間、彼らは京都市担当者出席のもと、計3回にわたり「確認会」を開催している。このときも、京都市側は「確認会」ということで出席に応じたわけではなかった。ところが今回同様、『解放新聞』や雑誌『部落解放』誌上ではいつの間にか「確認会」にされ、そこでわが同盟は京都市当局を厳しく追及してやった、と報道されたのだ。
当時、人権文化推進課長はわたしの取材にこうコメントしている。
「現在京都市は、運動団体の糾弾・確認会に出席する方針をとっていません。今回の事件もあくまで京都市は戸籍をだまされてとられた被害者であるという認識です。同盟とは、市の調査内容を報告したり、問題解決に向けた取り組みを話し合うために協議の場を持っていると認識しています。ただし今後は三回目のような状況になるのなら協議に応じるつもりはありません。協議の位置づけにお互い誤解のないよう同盟と調整していきたい」(「結婚差別事件をめぐる解放同盟の〈迷走〉と〈内紛〉」『ねっとわーく京都』2006年1月号)
当時の課長が言う「三回目のような状況」というのは、参加した同盟員らによって、京都市側の出席者がくり返し口汚く罵られたことをさす。これ以降、京都市はこの件での「確認会」には応じず、同盟の京都市の責任追及もどこかに消えてしまった。
しかしまあ、解放同盟の思惑をああだこうだと想像していても仕方がない。今回「意見交換会」を「確認会」に書き換えた報道について、解放同盟京都府連担当者に問い合わせてみた。「あんた(寺園)の取材に答えることは何もない」というのが返答だった。
騒ぎを大きくして何を得る?
ところで、京都市は、今回の自治連会長発言について何の対応もとっていないわけではない。そのことについても触れておこう。市側の説明によると、次のように対処したということだ。
会長の発言はたしかに不適切であり、とくに、指を折って「1本足りない」などという表現は、事実だとすれば批判されて当然であろう。それ以上にその場にいた校長はじめ学校関係者が問題を指摘せず、やり過ごしてしまったのは問題だと思う。
また、運動団体として解放同盟が発言に怒りの声を上げるのも当然のことだと思う。
だが、一方で、その後の市(市教委)の対応はおおむね妥当ではないか。これ以上騒ぎ立てて、会長を解放同盟の確認・糾弾会の場に引きずり出しさらし者にするとともに、京都市に、「部落差別はやっぱり厳しかった。市民の差別意識はまだ根深く、啓発しなければならない」などと約束させるような問題ではなかろう。そんなことをしても得るものがないどころか、むしろ、部落問題解決に逆行する結果を招くということは、過去の事例を見ても明らかであろう。
そういった点でいえば、5月26日の「意見交換会」(本当は「確認会」)に、自治連会長本人が急用のため欠席したのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。