京都市が同和奨学金借り受け者の返済を、無審査で肩代わりしていた(2003年度以降ゆるい基準の審査導入)自立促進援助金制度が、昨年度廃止となり、2001年度以降に返済期間を新たに迎えた借り受け者に対しては、基本的に返済を求めていくことになった(生活保護世帯の1・5倍以内の収入の場合は5年間免除される)。
本ブログでも何度か取り上げた京都市同和行政総点検委員会の報告内容を受けた制度の改廃である(マリードフットノート » おかしすぎるぞ、総点検委員会他)。
これに対し、部落解放同盟は今年3月、市から返還請求を受ける対象者に呼びかけ、「反対する会」を結成、各地区で相談会を開催して、入会者を募り、京都市相手に裁判を起こすことを視野に入れた活動をはじめている(奨学金返還請求は一方的 怒りの住民集会ひらく)。
「反対する会ニュース」(No.1 2009年6月)によると、これまでに71人が入会したとのことだ。
「ニュース」では、相談会で次のような声があったことを伝えている。
●相談者の手続き状況は、「一応ここに名前を書いて」と言われて書いただけ。「ハンコだけ持ってきて」と言われた人もいた。借用書など書いていないという憤りがある。相談に来た全ての人が、あとから返すことを想定せずに人生設計をしていた。
●公立高校でもよかったが、教師に私立の特進コースを勧められ多額の返済を迫られることになった。
●返還の必要がないと聞いて、地方の大学に行かせた。下宿させたこともあり、(旧)日本育英会からも奨学金を借りている。本人は卒業して育英会(日本学生支援機構)の分は返しているがこれ以上は無理だ。
いずれも深刻な状況だといえよう。
日本学生支援機構(旧育英会)の奨学金の場合、貸与額を自ら選べる。高額にすることも可能だが、将来の返済を考え、ぎりぎりの金額を借りるのが一般的だと思う。
ところが京都市の同和奨学金は、「返さなくてもいい」と担当者から説明(市自らが作った制度にはこのような規定はなく、結局虚偽の説明を行ってきた)を受けたわけだから、ほとんどの人は満額を借りたはずである。当然返済金も日本学生支援機構のそれよりもはるかに高額となる。
私立高校、私立大学に進学した場合、総額で600万円を超えてしまう人もいる。簡単に返せる金額ではない。これをいきなり返せといわれれば、怒るのは当然だろう。何度か書いてきたが、もしわたしが借りていたら、断固返済を拒否したい。解放同盟の「反対する会」にだって入会しているかもしれない(いや、実際にはわが家には返済能力がないので、国の基準で免除されると思う)。
借り受け者と家族の怒りは理解できる。だが、解放同盟はかれらと一緒になって、「京都市けしからんぞ」と息巻いている立場なのか、とわたしは言いたい。
このような奨学金(自立促進援助金)制度創設を市に迫り、上記のようなむちゃくちゃな運用を要求してきたのは、他ならぬ解放同盟ではなかったのか。借り受け者をだまくらかし、今日の窮地に陥れた責任の一端を、解放同盟自身も背負うべきだと考えている。
1983年1月1日付『解放新聞京都版』を見てみよう。同和奨学金(大学)が国の方針変更を受け(国庫補助を受けて市が実施している制度のため)、それまでの「給付」(返済義務なし)から「貸与」(返済義務あり)に変わる直前の解放同盟の言動がわかる。
《「貸与化」策動に緊急行動 京都市今川市長に白紙撤回さす》という見出しで、以下のことが記録されている(クリックするとPDFファイル化した記事が開きます)。
12月10日(1982年)、市助役から同盟京都市協議長に、京都市の同和奨学金は貸与という形をとるが、借り受け者には「実害」のでないような制度を考えている旨電話が入る。
これまでの交渉の確認事項とは違うではないかと怒った京都市協幹部2人が、市役所に乗り込み市長に面会を求めるものの市長は不在。その後他の市協幹部も市役所に乗り込んでくるうちに、じつは市長が居留守を使っていたことが発覚した。
居留守がばれた市長は、市協幹部連中と面会に応じ、居留守を謝罪するとともに、「貸与化」を打ち出したことも謝罪、白紙撤回することを約束した。
当時の解放同盟のパワーがいかに強かったか、うかがえる記事である。
このあと、京都市が1984年度までに「自立促進援助金」制度を生み出すに至った過程については、『解放新聞』に記載はない。京都市は国庫補助も受けて事業を実施する以上、「貸与」にしないわけにはいかない。しかし同盟が納得しない。そこで形だけは「貸与」とするが、市独自に全員の返済を市が肩代わりする「自立促進援助金制度」を創設。同和奨学金制度と自立促進援助金制度を一体のものとして運用することで、国にも同盟にも言い訳のできるようにした、と推測できる。
もちろん、解放同盟市協幹部らの強引な面会以降、何があったのか、本当のことはわからない。だが、「今後も部落解放同盟京都市協と信頼関係の上にたって、解放行政を進めることを確認した」と上記記事にあるとおり、自立促進援助金制度は、解放同盟がゴーサインを出して、あるいは彼ら自身が要求した結果、はじまったものであることは間違いない。
ただし、ここで注釈が必要になる。
京都市は、わたしも所属する市民ウォッチャー・京都が起こした住民訴訟でも、総点検委員会でも、「同和奨学金制度と自立促進援助金制度を一体のものとして運用することで、従来の制度を後退させないようにしてきた(実質給付制にしてきた)」と主張しているが、自立促進援助金制度は、実際はそのような制度ではない。
同制度要綱第2条では、援助金は「その属する世帯の所得、就労等の生活実態から貸与を受けた奨学金等を返還することが困難であると市長が認めたものに対し、支給する」と明記されてある。だれでもかれでも自動的に支給する性質のものではないのである。
にもかかわらず、京都市は借り受け者全員(京都市職員になっている人も、年収数千万円の人も含めて)を「奨学金等を返還することが困難」な人たちだと認定して、支給を続けてきた。支給するかどうか、いっさい審査もしなかった。
このことが、裁判では、同和地区の実態が制度創設当初とは大きく変わっているにもかかわらず、「何ら審査を行わずに、申請者全員に対して漫然と援助金支給したことは、行政の裁量権を逸脱し、違法」と認定されたのである。
同制度実施のゴーサインを出した(もしくは要求した)解放同盟自身もこういった実情を十分把握していたに違いない。
であるなら、京都市の奨学金担当者が貸与手続きをする際、「これは返さなくてもよい金です」との説明をしたというが、借り受け者本人はともかく、解放同盟幹部がこの説明を真に受けたなどという言い訳は通らない。
「いや、ほんとは違うんです。援助金は本当は返済が困難な人に限って支給されるものですが、市と同盟との交渉の結果全員に自動的に支給するよう運用しているだけなんです。われわれとしてはこれは闘争の成果だと思っていますが、法的には違法と認定される可能性もあります。もしかしたら将来問題になるかもしれません。それでもよければ借りてください」
解放同盟幹部として、当時こう補足する責任があったのである。
実際、京都市会の議事録を調べただけでも、遅くとも1992年2月定例会で、自立促進援助金制度の実情を疑問視する質問が、自民党議員からなされている。もっとさかのぼればそれ以前から取り上げられていると思う。
遅くとも15年以上も前から市会で問題となり、7年前に住民監査請求が行われて住民訴訟になり、4年前に判決で違法だと認定されても、解放同盟は住民に対して、なんの弁明もしなかった。そして今、自立促進援助金が廃止された段階になって、自分たちがこの違法な制度にどのようにかかわってきたか説明することなく、逆にあたかも被害者であるかのように振る舞いだした。借り受け者(なんの罪も落ち度もないと思う)と一緒になって憤っている姿は、茶番というかあまりにもみっともないではないか。虫がよすぎる。
わたしは、解放同盟幹部は、京都市担当者とともに、今からでも各借り受け者宅をまわり、せめて土下座くらいはしてして詫びを入れるべきだと思っている。借り受け者とともに裁判するのはそれからであろう。
6 月 28
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