6月17日、サッカーの日本代表チームがメルボルンでオーストラリアに逆転ゴールをくらっていた頃、ソウルでは、B組のイランが、韓国との対戦でワールドカップ本大会出場へのわずかな望みをかけてたたかっていました。
じつはわたし、1998年のフランスワールドカップのアジア予選以来、イラン代表チームの大ファンなのです。日本とイランが対戦しても、ちゅうちょなくイランを応援すると思う。
ここ数年のイランは、なんかどこにでもあるような退屈なチームになっているけど、90年代後半から00年代初めは、アリ・ダエイやコダダド・アジジ、メフディー・マハダビキヤ、そしてカリーム・バゲリなど日本でも知られている個性豊かな選手をそろえ、きわめて攻撃的で魅力あふれるサッカーをしていました。
17日のソウルでの韓国戦、結局試合は1対1の引き分け、その数時間後サウジアラビアのリヤドで行われた同組のサウジ対北朝鮮戦も引き分けに終わったため、イランは2大会連続で本大会出場を逃してしまいました。悔しいことだけど、今のイランはそれだけの実力ということなのでしょう。
それはともかく、その韓国戦に関し、こんな報道がなされています。
サッカー・イラン代表、市民との連帯を表明:緑のリストバンドを付けて韓国戦に臨む
http://www.el.tufs.ac.jp/prmeis/src/read.php?ID=16755
2009年06月18日付 E'temad-e Melli紙
驚くべき出来事とともに、韓国との試合が始まった。サッカー・イラン代表選手たちがソウル・ワールドカップスタジアムのピッチに、緑のリストバンドをして降り立つ様子を見て、イランのテレビ観戦者たちはさぞ驚いたはずだ。
ミール・ホセイン・ムーサヴィーの最初の集会に出席し、選挙前から同候補への支持を公にしていたアリー・キャリーミーは、両手に緑色のリストバンドをはめていた。メフディー・マフダヴィーキヤーも、ホセイン・カアビーも、モハンマド・ノスラティーも、マスウード・ショジャーイーも、そしてジャヴァード・ネクーナームも、イラン国民との連帯を表明するために、緑色のリストバンドを着けて、フィールドに立っていた。
「緑」は、イランの大統領選挙に出たムサビ氏陣営のシンボルカラーです。ところが後半が始まると、選手の緑のリストバンドは消えていたというのです。
ゲームの後半が始まると、すでに緑色のリストバンドは見当たらなくなってしまった。前半、緑色のリストバンドを着けていた6名の代表選手は、後半になると緑色のテープをリストバンドから外してしまったのだ。(略)
何かが、ハーフタイムの間に代表チームのロッカールームで起きたのだ。そのためか、代表選手らは少々気が荒くなっていたように見えた。(略)
代表選手たちのロッカーで何が起きたのか、知る者は誰もいない。昨日、われわれはイラン体育庁のモハンマド・アーホンディー報道官に連絡を試みた。しかし、本来疑問点の解消をその役割としているはずの同報道官の携帯電話は、不通のままだった。
こんな仮定をしても意味のないことですが、リストバンドをはめたままプレーし続けていたら、イランチームの集中力は最後まで途切れることなく、終盤のあのパク・チソンのレベルの違いを感じざるを得ない同点ゴールはうまれなかったかも。そうなっていればイランが大会出場を決めていたのだがなあ。
ご存じない方もおられると思うので補足すると、記事中出てくるカリミ(キャリーミー)、マハダビキヤ(マフダヴィーキヤー)、カビー(カアビー)もイラン代表の中心選手というだけでなく、国際的にも知られた選手です。
今、ムサビ氏が過去の自らの政治姿勢と決別して、何をしようとしているのか知らないけど、泣けてくる話というか、現代史の1シーンを見るような光景ですね。わたしは木村元彦さんのサッカーノンフィクションが大好きなのだが、彼の作品に出てきそうなシーンです。
にしても、イランはこれからどうなるのか。
6 月 23
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