6月18日から20日まで、奄美大島に行ってきました。奄美(本島)はわたしの母方の実家があったところで、その法事のためでした。
わたし自身は奄美に住んだことはなく、また、今は実家といえるものはすでになく、付き合いのある親戚もほとんど住んでいません(わたし自身どういう血縁関係か知らない遠い親戚はまだ大勢いると思う)。だから、法事で帰っても、帰省という感覚はまったくありません。
中学生に上がる前くらいまでは、夏休みになると奄美の祖父母の家で長期滞在したものです。
それで思い出しましたが、当時の夏休みの子どもたちといえば、毎朝、集団ラジオ体操に参加することが義務づけられていたと思います。学校であらかじめ配られる出席カードを首からぶら下げて、体操実施場所に向かったものです。奄美でも、夏休みの集団ラジオ体操は行われており、わたしは地元の小学生に混じって参加し、出席を証明する判子を押してもらっていたことを覚えています。
今日ではラジオ体操なんてやってないのかな。
当時の奄美には、今より何十倍も日本本土とは異質の文化、風土が色濃く残っていたと思います(今回訪問時でも、ここは日本かと感じること場面はままありましたが)。また、距離的にも遠かった(今日のように飛行機はさほど一般的な乗り物ではなく、実際奄美には大阪港から船で行っていた。着くまで1日半か2日ほどかかっていたと思います)。
そんな時代においても、ラジオ体操という行事が日本一円で行われていたんですね。子どもたちはそれに当然のように参加していました。ここまで均一な教育活動が行われていたことに驚かされます。
ちょっと調べてみたところ、ラジオ体操は正式には「国民保健体操」といい、1928年からはじめられたということです(小学館『日本大百科全書』)。戦前の「総力戦」体制の一貫、戦後においても国民国家づくりの手段の一つだったのでしょう。子どもだったわたしが疑問など抱くはずもなかったことですが。
ところで、わたしには趣味といえるものがほとんどないのですが、今回の訪問では、唯一といっていい趣味であるシーカヤック&シュノーケリングをして遊んできました。幸いにも1週間ぶりくらいの晴天の1日でした。海の透明度には何度来ても驚かされますが、珊瑚は近年オニヒトデの集団発生により、壊滅的打撃を受けたとのことです。
金権選挙、1954年から続く奄美群島復興特別措置法(奄美の日本返還は1953年12月)、それに伴うムダな公共事業など、社会問題を対象とするフリーライターとして、看過できない現状も多々あります。でも、買い物なんかできなくてもいいから、とにかく数日ぼーっとしたいという旅なら、おすすめの島です。沖縄と違って観光客もほとんどいない。
6 月 21
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